2日前の金曜日ですが、山下洋輔さんのコンサートに行ってきました。今回はCITIBANKがスポンサーということで、テーマが「ニューヨーク」。いいじゃないですか。
山下洋輔さんといえば、20年近くニューヨーク・トリオを率いても活動しています。そのセシル・マクビーとフェローン・アクラフで組んでいるトリオをリズム・セクションに、トロンボーンの松本治さんが指揮を執るオーケストラとの共演。こちらは日本人ミュージシャンの精鋭で結成されたフル編成です。
コンサートは1曲目から力が入った内容でした。「ディス・クッド・ビー・ザ・スタート・オブ・サムシング・ビッグ」が演奏されたんですが、スインギーで豪快なビッグ・バンド・サウンドに乗って山下さんが気持ちよさそうにパーカッシヴなプレイを披露してくれました。途中でソロを吹いた池田篤さんも最初から飛ばして、いいプレイを聴かせてくれました。
池田さんといえば、その昔、友人と新宿「ピットイン」で月1回プロデュースしていた「ナウズ・ザ・タイム・ジャズ・ワークショップ」にも何度か出てもらって以来のおつき合いです。その後に彼がニューヨークで活動していたときもしばしばお会いしていました。その池田さんが素晴らしいソロを聴かせてくれたことにもすっかり嬉しくなってしまいました。
最初から話は脱線しますが、山下さんと初めてお会いしたのもニューヨークでした。ぼくが留学していたときですから、25年ほど前になります。当時はまだジャズの仕事はしていなかったんですが、知人から紹介されました。
そのときの山下さんは、ジャマイカでソロ・ピアノを録音する前だったかあとだったかにニューヨークに寄ったということで、ぼくは案内役を仰せつかったんですね。数日間でしたが、ぼくのアパートに来て下さったり、一緒にチャイナタウンやミッドタウンにいったりと、楽しい時間が過ごせました。
そのときの話は、光栄なことに山下さんのご著書『風雲摩天楼秘帖』にちょっとだけ出てきます。ぼくのアパートからチャイナ・タウンまで歩いて20分ほどでしたが、その間ずっとシュールなジョークを話していた山下さんの姿が強く印象に残っています。
話を戻しましょう。2曲目は「ワルツ・フォー・デビー」がオーケストラ・ヴァージョンで演奏されました。山下さんがフリー・ジャズを演奏するようになる前は、ビル・エヴァンス風のピアノを弾いていた記憶がぼくにはかすかですがあります。
そんなことを思い出させてくれた選曲ですが、山下さんのプレイはそんなぼくのノスタルジックな気持ちをいとも簡単に、それも気持ちよく破壊してくれました。
そのあとは、オーケストラが引っ込んで、ニューヨーク・トリオの演奏になります。2月にリリースされた『ミスティック・レイヤーズ』からの選曲で、最初が「ギャザリング」、その後はアルバムにもゲスト参加していた川嶋哲郎さんのテナー・サックスを加えたカルテットで「グルーヴィン・パレード」とチャールス・ミンガス作の「フォーバス知事の寓話」と続きました。新人のころから聴いてきた川嶋さんの暴れっぷりが痛快で、トリオの演奏もよかったですが、カルテットの演奏はそれ以上に楽しめました。
もうひとつ脱線話を。数年前にセシル・マクビーと話をしていたときのことです。「東京の街を歩いていたら、若い女の子が自分の名前が入った紙袋を持って歩いているんだけど、あれは何だ?」というのです。ぼくもしばらく前から気がついていました。「Cecil McBee」というブランドの服が女の子の間で流行っていたんですね。
ぼくは、「セシルがミュージシャンを辞めてデザイナーになったのかと思った」と答えてふたりで大笑いしましたが、セシルはその店にいって、自分の名前を話して袋をたくさんもらって帰ったそうです。あの袋は、その後どういう使いかたをされたんでしょう?
さて、第二部です。再びオーケストラとの共演で「ファースト・ブリッジ」と「ミスティック・ビート」が演奏されて、次にゲストのレディ・キムが登場しました。
レコード会社は《ビリー・ホリデイの再来》みたいなイメージで売りたいらしくて、たしかにその雰囲気がステージからは伝ってきます。コンボをバックに歌った彼女を観たことはありますが、オーケストラと一緒に歌うのを観るのは初めてです。しかもピアノが山下さんというのもいろいろな意味で興味深く思いました。
迫力あるサウンドやソロを得てそれなりの雰囲気は出していましたが、結果からいえば、レディ・キムにこのバックは荷が重かったかもしれません。そんなことを思って聴いていたら、彼女の歌が終わったところで隣にすわった評論家の瀬川昌久さんが耳打ちをしてくれました。「日本のオーケストラは歌伴でも隙間がなさ過ぎますね。あれじゃ、歌いづらいでしょう」。まさしくそうだと思います。
レディ・キムが3曲を歌い、その後がこの夜のハイライトです。ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」が山下さんとオーケストラの共演で演奏されました。過去にも山下さんがこの曲を弾いたのは何度か聴いています。クラシックのオーケストラをバックにしたときもよかったですが、このジャズ・ヴァージョンも充実していました。
欲をいえば、もう少し山下さんにもオーケストラにも暴れてほしかったところです。ジャズなんですから、最後は滅茶苦茶になるくらいのほうが面白かったんですが、まあそんなことはありえないということで、結果としてはかなり満足できました。
最後に出演者を紹介しておきましょう。以下のメンバーにもうひとり女性のトロンボーン奏者が加わっていたのですが、残念ながら名前がわかりません。
【出演】山下洋輔 NEW YORK TRIO and SPECIAL BIG BAND
山下 洋輔 Yosuke Yamashita (Piano)
セシル・マクビー Cecil McBee (Bass)
フェローン・アクラフ Pheeroan akLaff (Drums)
エリック宮城 Eric Miyashiro (Trumpet)
西村 浩二 Koji Nishimura (Trumpet)
木幡 光邦 Mitsukuni Kohata (Trumpet)
高瀬 龍一 Ryuichi Takase (Trumpet)
松本 治 Osamu Matsumoto (Trombone)
中川 英二郎 Eijiro Nakagawa (Trombone)
片岡 雄三 Yuzo Kataoka (Trombone)
山城 純子 Junko Yamashiro (Trombone)
池田 篤 Atushi Ikeda (Saxophone)
米田 裕也 Yuya Yoneda (Saxophone)
川嶋 哲郎 Tetsuro Kawashima (Saxophone)
竹野 昌邦 Masakuni Takeno (Saxophone)
小池 修 Osamu Koike (Saxophone)
ゲスト・ヴォーカル:レディ・キム (Lady Kim)
山下さんは前立腺がんの「早期発見・早期治療」推進キャンペーンとして、「Panjaスイング・オーケストラ」を久々に結成して9月にコンサートを開きます。そちらもおおいに楽しみになってきました。