ここ数年、着実に実力と人気を高めてきたのがスウェーデンのピアノ・トリオe.s.tです。とくに昨年ユニバーサルに移籍して発表した『TUESDAY WONDERLAND』がよかったので、今回のライヴはおおいに期待していました。昨日は同じ渋谷で渋さ知らズのライヴもあって、究極の選択を迫られたのですが、散々悩んだ末にe.s.t.を選んでしまいました。不破さんと竹内さん、申し訳ありません。
e.s.t.はリーダーのピアニスト、エスビョルン・スヴェンソン・トリオの略です。あえてe.s.t.と名乗っているのは、トリオとしての音楽を追求しようとする姿勢の表れでしょう。昨日のライヴでも、トリオとしての表現に独特のものを感じました。3人が一体となった演奏、と書けば簡単ですが、この3人、それぞれが曲者で、いずれもありきたりのプレイでお茶を濁そうなどとは微塵も考えていない様子です。それでいて、特別に奇を衒った内容でないところに好感が持てました。
編成はアコースティック・ピアノ・トリオですが、そこにプリペイド・ピアノの要素を持ち込んだり、エフェクターをかけたり、ベースも何かのエフェクターをたまに用いたりと、サウンド面での変化も適度に認められます。ただし、これだって別に新しいことではありません。すでに60年代にこういうことをやっていたひともいましたから。
新しいこともやっていないし、奇を衒ったこともやっていない。それでも飛び出してくるサウンドはもっとも新しいピアノ・トリオによるものでした。重要なのは、3人がジャズの伝統をきちんと踏まえた上で、自分たちの感性を素晴らしい形で披露していたことです。
ただし、それも現代を生きるジャズ・ミュージシャンなら当たり前のことです。きちんとかどうかはわかりませんが、誰だってジャズの伝統は踏まえた上で演奏しています。いまを生きているんですから、素直に自分の感性が表現できるなら、e.s.t.と形の上ではなんら変わることはありません。それでもこのグループが傑出しているのは、どうしてなんでしょう?
こういうものに答えはありません。そう感じるのだからしょうがいないっていうことでしょう。そう感じないひとだっているわけですし、これはまったく個人的な感想でしかありません。でも、いろいろなひとの評価を聞くと、やはりほとんどのひとが「新しいピアノ・トリオ」みたいな捉えかたをしているようです。そして、それぞれが、そのことに対して理由を述べています。
ぼくは音楽のことを書いてお金をもらっていますから、こんなことをいうと自分の仕事を否定することにもなりませんが、音楽に理屈をつけて無理に説明することはしないようにしてきました。いいものはいい。それでいいじゃないですか。ただし、それじゃあ音楽の物書きとしては失格なんでしょうね。ぼくは評論家じゃないんで、そいうことは評論家を名乗っているひとに任せればいいやと、居直っていますが。
ですから、e.s.t.がなぜ素晴らしいのか、自分なりにその理由を考えはしますが、それはそれです。それより、いい音楽が聴けた喜びとか、嬉しさを伝えたほうが、自分としても楽しいかな、と。これまでにもそうしてきましたし、極端なことをいえば、そういうことしかしてきませんでした。それしかできないからです。だからぼくは評論家じゃないんです。e.s.t.のライヴを観て、昨日は改めて自分の立ち居地を確認していました。
そういうことなので、ぼくは滅多にコンサート・レポートみたいなものは書きません。ところが、今回はスイングジャーナル誌のコンサート・レポートを引き受けることにしました。それは、彼らの音楽がいかに楽しめたかを書きたくなったからです。
どんなことを書くかはわかりません。いつものように思いつきを即興で書くことになりますが、そういう行為が楽しめる自分も幸せものだなと感じます。なんだか、今日はいつも以上にとりとめのない内容になってしまいました。
そうそう、今度の土曜日は「ONGAKUゼミナール」です。「マイルスの遺伝子たち」をテーマに、マイルス・バンドの出身者によるフュージョン作品を中心に聴く予定です。このあたりのミュージシャンには全員にしつこいほどインタヴューをしてきましたから、話しているうちに面白いエピソードを思い出すかもしれません。というわけで、いつも以上に脱線する予感があります。お時間があるかたはぜひいらしてください。
@駒場東大前Orchard Bar 21:00~23:00 チャージ1500 円(w/1 drink)問い合わせ:03-5453-1777