さすがに昨日の「ブルーノート東京」は超満員でした。うしろの通路まで2列に椅子を並べていましたから、どのくらいのひとが入っていたんでしょう? しかもヴィデオ・カメラも何ヵ所かに配置されていたので、結構圧迫感もありましたね。
で、この日はチックと上原さんのデュオの2日目になります。ステージにはヤマハのグランド・ピアノが2台。チック専属のエンジニアであるバーニー・カーシュの姿もありました。昨年の「東京JAZZ」で感動的なデュエットを聴かせてくれたふたりです。今回は入念な打ち合わせをしたと聞いています。
ほぼ定刻どおりに登場したふたりは、1曲目から絶好調でした。チックの「ウインドウズ」から始まったのですが、目をつぶって聴いているとどちらがどちらかわからなくなります。上原さんのプレイにもチック的なフレーズが盛り込まれているからでしょう。ぼくは彼女の手の動きが見える席だったのでどちらが弾いているかわかりましたが、丁々発止という感じの素晴らしいコラボレーションを目のあたりにできました。
このほかに上原さんのオリジナルやセロニアス・モンクの曲、チックのオリジナルでは「チルドレンズ・ソング #12」も演奏されました。どれもスリリングな内容でしたが、ビートルズの「フール・オン・ザ・ヒル」が演奏されたときは、「ははーん」と思いました。
この間のインタヴューで、チックが盛んにポールやジョンのことを話題にしていたからです。ポップスやロックにも関心が出てきて、生まれ変わったらそういう音楽をやるんだと妙なことを話していたんです。それで、そのうちビートルズにまつわる何かをやろうとしているのかなと、感じたんですね。そのとっかかりがこの演奏なのでは? と聴きながら思いました。
アンコールは当然のことながら「スペイン」です。「アランフェス協奏曲」を交互に弾きながら、次第に「スペイン」のメロディに向かっていきます。この曲を発表したときに、「アランフェス~」を作曲したロドリーゴから抗議を受けて作曲者のクレジットに彼の名前を入れたこと、その後ロドリーゴに会って謝罪をしたらにっこり笑ってとても暖かい手で握手をしてくれたこと、お礼にエレクトリック・バンド(エレクトリック・バンドですよ!)のライヴに招待したら来てくれたこと、でもそのときは耳が聴こえなくなっていたのでエレクトリック・バンドの大音量でも大丈夫だったことなど、インタヴューでチックから聞いた話が次々と頭に浮かんできました。
そしてお馴染みのメロディです。前回のブログに掲載した譜面のところですね。このフレーズをチックではなく上原さんが弾き始めました。彼女なりのニュアンスを込めて弾いているのですが、それでもチックみたいに聴こえます。そこが彼の凄さでしょう。
それにしてもいいライヴでした。ふたりがピアノでじゃれ合っているようで、それでいて一瞬たりとも油断しないスリリングな展開が最後まで続いたのですから。やっていた本人は楽しい疲労感を覚えたのではないでしょうか? 1時間半近いステージの間、常に神経を張り詰めていたと思います。その上で、誰より楽しい時間をすごしていたのが彼らだったのかもしれません。そんな勝手な推測をしながら、ライヴ終了後もしばし余韻に浸っていました。
このふたり、やはり大変なひとたちです。いまだに創造的な姿勢を貫いているチックに対し、それを乗り越えようとしている上原さん。でも、チックはまだ彼女のだいぶ先にいるように思えました。
しかし、上原さんならやがてチック以上のピアニストになるでしょう。目指す方向は違うと思いますが、チック以上の存在感を持ったピアニストになれるひとは上原さんやそのほかの数人くらいしか思い当たりません。チックだけでなく、ハービー・ハンコックやキース・ジャレットもいつかは越えることでしょう。そのことが確信できただけでも、ぼくにとっては素晴らしい体験でした。
今週はまだいくつかライヴに行きます。先週は香港、そしてこの週末からはニューヨークと、久しぶりに忙しい日々をすごしています。こういうの、しばらく意図的に避けていたのですが、やっぱり楽しいですね。でもほどほどにしておかないと、心臓が持たないかもしれません。ちょっと気をつけながら、日々を楽しんでいこうと思います。