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川隆夫の JAZZ BLOG
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©Kozocom (photo by Shuichi Kasahara)
職業:JAZZジャーナリスト、整形外科医、DJ

ニューヨーク大学の大学院在学中にアート・ブレーキーやマルサリス兄弟など数多くのミュージシャンと知り合う。帰国後、JAZZを中心に約3000本のライナーノーツを手がけると共にJAZZ関連の著書を多数出版。ブルーノートの完全コレクターとしても有名。その他、マイルス・デイヴィスやブルーノートの創始者アルフレッド・ライオンの来日時の主治医を勤めるなど、現役の整形外科医としても第一線で活躍中。

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2008-03-09 追悼 テオ・マセロ
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 しばらく前のことですが、2月19日にマイルス・デイヴィスのプロデューサーだったテオ・マセロが亡くなりました。享年82歳。彼がプロデュースを担当したのは1959年の『スケッチ・オブ・スペイン』からで、1980年代半ばにコロムビアを去るまで(マイルスの作品でいうなら1983年の『スター・ピープル』まで)、多くの作品を手がけています。
 テオがいなければ、ぼくはジャズにここまでのめりこんだかどうか。晩年の彼は好々爺という感じでしたが、もともと作・編曲家にしてアルト・サックス奏者でしたから、アーティストして鋭い感性に驚かされたことが何度もあります。そのテオの死を追悼して、『愛しのジャズメン 2』で書いた文章を以下に掲載しておきます。


 コロムビア・レコーズ(現ソニー)のプロデューサーとして、テオ・マセロはマイルス・デイヴィスをはじめ、セロニアス・モンク、チャールズ・ミンガス、デューク・エリントン、ビル・エヴァンスなどの作品を数多く制作してきた。その彼が、同社を辞めて自主制作によるアルバムをリリースし始めたのは1980年代半ばのこと。
 いまや伝説のプロデューサーのひとりに数えられるテオが構えるオフィスは、ぼくのアパートから10ブロックしか離れていない。しかも同じファースト・アヴェニューとセカンド・アヴェニューの間にあるのだから、いってみればとなり組のようなものだ。
「ここで寝泊まりもできるが、どんなに遅くなってもロング・アイランドの自宅に帰るんだよ」
 こともなげにこういうが、マンハッタンのとなりに位置するロング・アイランドは広い。オフィスから自宅までは車を運転しても2時間、最近は足の調子が悪いので長距離バスを利用して2時間半はかかるという。それでも週に最低2回はオフィスにやってくるのだから元気だ。

「わたしはプロデューサーと思われているかもしれないが、自分では作・編曲家だと考えている。コロムビアでプロデューサー業をしながら、テレビや映画のための音楽も書いていた」
 幼いときから音楽に興味を持っていたテオは、48年にジュリアード音楽院に入って作曲法を学んでいる。
「ジュリアードではクラシックと現代音楽を学んだ。でも、あの学校は好きになれなかった。わたしはポピュラー・ミュージックにも興味があった。しかし、そんなものはジュリアードじゃ認められていなかったからね」
 ジュリアードに入ったのも、そこで勉強したいと強く願ったからではない。
「大学に入れば徴兵が延期される。第二次世界大戦が終わって平和が訪れようとしていたけれど、一方でそろそろ朝鮮半島がきな臭くなっていた。それで、いま徴兵されるのは得策でないと判断した。たまたまわたしを教えていた先生が推薦してくれて、ジュリアードの奨学金がもらえることになった。それで入学したにすぎない」
 ジュリアードに入ってからも、テオはジャズ・クラブ巡りやブロードウェイのミュージカル観劇に夢中だった。
「父親が地元でナイト・クラブを経営していたんで、小さいときからジャズ・ミュージシャンに囲まれて育った。だからクラシックを学んでいたけれど、一方でジャズやポピュラー・ミュージックにも興味を持っていた」
 マイルスもジュリアードに1年ほど在籍しているが、それはテオが入学する数年前のことだ。
「そう、マイルスは先輩だが、わたしが入ったときには辞めていた。彼の演奏を生で初めて聴いたのは49年のことだった。わたしはそのシンプルなプレイに強い印象を覚えた。当時のトランペッターはほとんどが強力なソロを吹くことで個性を競い合っていた。ところが、マイルスは繊細さも兼ね備えたプレイで自分を表現しようとしていた。まさか、その後に彼の作品をプロデュースするとは夢にも思っていなかったがね」

 テオは優れたプロデューサーだが、同時に創造的なアーティストでもある。マイルスとのコラボレーションでは、ふたりのアーティストが出会ったことで、前人未到の音楽が次々と発表されることになった。
 オフィスには、フェンダー・ローズ(エレクトリック・ピアノ)が置かれている。オーディオ装置で自分がプロデュースしたマイルスのレコードを大音量で鳴らしながら、テオは身ぶり手ぶりを交えて、一緒にフェンダー・ローズを弾いてみせる。
「ここは、本当はこうやりたかったのにマイルスが認めなかった。こちらは最初こんなハーモニーだった。それに7度の音を加えてみたら、ほら、このハーモニーだ。響きが穏やかになったじゃないか。これはわたしのアイディアだ」
 まるで、いまもスタジオでマイルスを相手に「ああだ、こうだ」といっているような雰囲気である。ぼくは背筋がぞくぞくしてきた。
「マイルスのイメージはわたしが完成させたと自負している」
 こう断言するだけのことをテオはやってきた。とくにエレクトリック時代の作品は、彼の大胆な編集作業によって完成したものだ。手を加えたことに対しては賛否両論あるものの、テオは動ずることなくこう話す。
「マイルスは録音するだけだ。やりたいことをやったら、さっさと帰ってしまう。そのままの形では作品にならない。そこで、わたしが彼のイメージを考えながらテープを編集していくんだ」
 それだけに、最近次々と発表されているコンプリート・ボックスは許せない。
「わたしがゴミ箱に捨てたテープまで、彼らは見つけ出して発表してしまった。あれは、せっかく高い完成度を求めて制作したオリジナル・アルバムを踏みにじる行為だ」
 この言葉に、テオのクリエイターとしての誇りが示されている。


 テオの冥福をお祈りします。そして、グッド・タイミングというかなんというか、彼のドキュメンタリー映画『Play That, Teo』が近く公開されるとうです。といっても、日本ではどうなのか知りませんが。興味のあるかたはhttp://playthatteo.com/まで。これ、ちょっと面白いです。
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by jazz_ogawa | 2008-03-09 18:58 | 平凡な日々 | Trackback(1) | Comments(8)
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Tracked from テンションノート・ジャズ.. at 2008-03-10 17:29
タイトル : マイルス・デイビスの名参謀~テオ・マセロ氏死去
マイルス・デイビスの一連の作品でその辣腕を振るった 名プロデューサー、テオ・マセロ氏がニューヨークで病気 のため死亡したそうです。享年82歳。 テオ・マセロは敏腕プロデューサーとしても知られてい ますが、自身もジュリアード音楽院でしっかりと作曲を学 ..... more
Commented by 加持顕 at 2008-03-09 22:46 x
小川さん、こんばんわ。

掲載しているポートレイトのテオ・マセロ、とてもいい表情をしていますね。

新聞記事等でテオ氏の死去は知っておりましたが、こうして小川さんの追悼文を読めることは感慨深いです。
明日あらためて、テオの手がけたマイルスの作品を聴いてみようと思います。
Commented by jazz_ogawa at 2008-03-09 23:54
加持顕さん、最近はテオに会っていなかったんですが、2年くらい前に会ったときは意気軒昂で、ラリー・コリエルと電話で何度も新作の打ち合わせをしていました。
音楽の話をするときは眼光鋭くなりましたが、それ以外のときはいいお爺ちゃんという感じだったのが一番の思い出ですね。
Commented by Isis at 2008-03-10 05:26 x
ほんといい顔してますね。近頃、jazzを聴くことが多く、jazzって、つまりクールなんだわと、つまり、ただもうカッコイイ!そんなものと、自分なりに納得しちゃってます。「四の五の言わずに、俺を聴け、最高にクールだろ」とjazzmanに言われている感じで~す。
Commented by sou-un at 2008-03-10 17:20 x
小川さん、エレピを弾きながらマイルスの音楽について語るテオの話、私
は大好きですね。「職人」を感じます。テオの視点からのマイルス本があったら是非読んでみたかったものです。
Commented by こばやし at 2008-03-10 18:27 x
ポール・マッカートニーはレット・イット・ビーかザ・ロング・アンド・ワイディング・ロードでフィル・スペクターが加工した事に対して怒ったという話を聞いた事があります。ビートルズも聴く小川さんはオリジナルと編集ものとどちらの方に軍配を上げますか?ジャック・ジョンソンのコンプリートボックスを手に入れましたがこれを聴くとテオ・マセロって凄いんだなという事を感じますね。
Commented by jazz_ogawa at 2008-03-10 19:46
Isisさん、ぼくもかっこつけでジャズを聴き始めましたし、いまもジャズは最高にかっこいい音楽だと思っています。ミュージシャンにもかっこいい(スタイルじゃなくて)ひとが多いですし。
Commented by jazz_ogawa at 2008-03-10 19:47
sou-unさん、テオからはもっといろいろな話を聴いておけばよかったんですが、それが返すがえすも残念です。
Commented by jazz_ogawa at 2008-03-10 19:50
こばやしさん、ぼくは『ネイキッド』より『レット・イット・ビー』のほうが断然好きです。最初に『ネイキッド』が世に出ていたら、反対のことをいうかもしれませんが。
でも、基本的にストリングスが入っている音楽が好きなので、フィル・スペクターはいい仕事をしたと思っています。アーティストから観たら、自分の音楽を「加工」されるのは許せない気分かもしれませんね。その気持ちもすごくよくわかります。
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