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川隆夫の JAZZ BLOG
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©Kozocom (photo by Shuichi Kasahara)
職業:JAZZジャーナリスト、整形外科医、DJ

ニューヨーク大学の大学院在学中にアート・ブレーキーやマルサリス兄弟など数多くのミュージシャンと知り合う。帰国後、JAZZを中心に約3000本のライナーノーツを手がけると共にJAZZ関連の著書を多数出版。ブルーノートの完全コレクターとしても有名。その他、マイルス・デイヴィスやブルーノートの創始者アルフレッド・ライオンの来日時の主治医を勤めるなど、現役の整形外科医としても第一線で活躍中。

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「証言で綴る日本のジャズ」

「ジャケ裏の真実
ジャズ・ジャイアンツ編」
TALK EVENT■
小川隆夫ONGAKUゼミナール
@銀座le sept
3.19:ジャズメン、ジャズを聴く!


■TALK EVENT■
民音音楽博物館
「3月文化講演会」@神戸
3.26: 関西国際文化センター
コスモホール
TEL: 078-265-6595

詳細やその他ライナーノーツなどは 「Works & Information」へ>>
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 このブログでも何度か書いてきましたが、単行本の『愛しのジャズメン』(東京キララ社)の発売が遅れています。3月中には何とか出してほしいと思っていますが、まだはっきりとしためどは立っていません。とくにトラブルがあるわけじゃないのですが、出版社の段取りが思惑どおりに進まず、いまにいたっても発売日が決まりません。
 昨日もらったメールによれば、今週末には何とか表紙を完成させるそうですし、これまで宙に浮いていた販売の取り扱いも、いままでどおり三一書房で発売してもらうことになったそうです。
 なにぶん相手がいることです。こちらの思いどおりに物事が運ばないこともあるでしょう。仕方がありません。それに比べれば、こちらの「愛しのJazz Man」はひとりでやっていることのなので、自分の思いどおりになんでもできます。
 そういうわけで、2月もきっちり4回、小僧comに掲載することができました。以下はそれらの冒頭部分です。


#030:Michael Cuscuna マイケル・カスクーナ(producer)
e0021965_2051157.jpg ブルーノートの膨大な未発表テープを調査・整理・発表したのがマイケル・カスクーナだ。彼はもともとロックのプロデューサーで、ボニー・レイットのアルバムなどを制作していた。そのうちジャズとのつき合いも出てきて、シカゴのデルマーク・レーベルなどでブルースとジャズのプロデュースを開始する。またロック史を飾るグループ、ドアーズの司会も務めており、彼らが発表したライヴ・アルバム『アブソルートリー・ライヴ』(エレクトラ)にはその模様が収録されている。
 カスクーナの自慢はドアーズの司会をしていたときのエピソードだ。野外の大会場でコンサートがあったときである。バンドの登場をいまかいまかと待ち構えたいた数万の聴衆を前に、彼はいたずら心を発揮して4文字言葉の「F★C★」を絶叫した。すると、会場がこの大合唱でこだましたという。
全文はhttp://www.kozocom.com/entertainment/music/a00030.html


#031:Lorraine Gordon ロレイン・ゴードン(jazz club owner)
e0021965_20513229.jpg 創業70年以上が過ぎたニューヨークのジャズ・クラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」を仕切っているのがロレイン・ゴードンである。オーナーで夫のマックス・ゴードンが死去した1989年以降は、彼女が女主人としてこの《世界一のジャズ・クラブ》と呼ばれる人気スポットを現在までしっかり受け継いできた。
 ロレインがゴードンと結婚したのは1957年のことだ。それ以前、彼女はブルーノートの創業者でプロデューサーだったアルフレッド・ライオン夫人として知られていた。もともと熱心なジャズ・ファンだった彼女は、それが縁でライオンと結ばれている
全文はhttp://www.kozocom.com/entertainment/music/a00031.html


#032:某日本人カメラマン(photographer)
e0021965_20514697.jpg つき合っているフォトグラファーは何人もいるが、ライスの愛称で親しまれているこのひとほどジャズ・ミュージシャンの懐に飛び込んでいくカメラマンは珍しい。内外のアーティストやジャズ関係者から「ライス」、「ライス」と親しみを込めて呼ばれ、本人のひと懐っこい性格も重なり、彼はどんなに気難しいアーティストからもいい笑顔を引き出してみせる。
 「写真は趣味」といい切るだけあって、多くのミュージシャンが集まってくるフェスティヴァルでは、昼間の空き時間に自分が撮影したいミュージシャンのフォト・セッションに精を出す姿もよく見かける。ライスに撮ってもらいたいと希望するミュージシャンもいるのだからたいしたものだ。
全文はhttp://www.kozocom.com/entertainment/music/a00032.html


#033:Michael Brecker マイケル・ブレッカー(ts)
e0021965_2052018.jpg 敬愛するマイケル・ブレッカーが長い闘病生活の果て、1月13日にこの世を去りました。以下の文書はぼくのブログで紹介したものですが、マイケルの冥福を改めて祈りたいことと、彼もぼくにとって大切な「愛しのJazz Man」であることから、ここに一部を転載し、この連載の一章につけ加えたいと思います。

 ぼくが1990年代初頭にプロデュースした作品で、テナー・サックス奏者のボブ・ミンツアーをリーダーにしたものがある。彼とは2枚のアルバムを作ったが、2枚目では歴代のテナー・サックス奏者にトリビュートしようということになった。そこで同じテナー・サックス奏者のマイケル・ブレッカーにゲストとして入ってもらい、テナー・バトルをやってみようではないかと提案してみた。

全文はhttp://www.kozocom.com/entertainment/music/a00033.html
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by jazz_ogawa | 2007-02-28 20:55 | 愛しのJazz Man | Trackback(1) | Comments(9)
e0021965_23585657.jpg シンコー・ミュージックから発刊されているロック系の季刊誌『THE DIG』の第47号(2007 WINTER:現在発売中)で、拙著『ブルーノート・コレクターズ・ガイド』(東京キララ社刊)が「2006年“音楽書籍”私的ベスト10」で、驚くことに第一位に選ばれています。「私的」ということで、杉原志啓さんという音楽ライターのかたが選んでくださいました。

「レコードを蒐集する、“音”へ生涯を賭けるとはどういうことか。進学先から職業、あるいは留学先まですべてこの観点から組み立てられた人生を綴る本、それが小川隆夫『ブルーノート・クレクターズ・ガイド』だ。眼目はテキストの半ばを占める自伝的エッセイ『完全コレクターへの道のり』。これぞ本年、全分野レコード・ファンに大推薦の著述である」

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 何とも面映いお褒めにあずかり恐縮至極です。それにしても、なんとお馬鹿な人生を送ってきたことか。ぼくの親族一同は、この本を読んで全員がのけぞったそうです。まさかここまでとは思っていなかったんでしょう。
 しかし、こういう言葉は有り難いです。ジャズ系のライターにはまったく無視されているぼくおよびぼくの本ですが、ジャズ畑でない方がこうやってきちんと読んで評価してくれたことに、身にあまる光栄とただただ感謝するばかりです。それと、ロック系の雑誌で取り上げてもらえたことも嬉しく思います。

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 ぼくにも、音楽の雑誌で「今年のベスト」などを選ぶ仕事が毎年いくつかあります。自分がCDをプロデュースしていたこともありましたし、いまは本を出していますので、1票の重みをいつも強く感じています。
 また、あちこちの雑誌などでディスク紹介もすれば、本の紹介もしますし、たまにはコンサート・レヴューも書きます。いつも書かれたひとがどう思うか、そのことを念じて失礼のないようにしてきました。
 最近では、音楽系の雑誌が大半ですが、ぼくの本について書評を書いてくださる方もいます。ほとんどの方が、ぼくに次なる勇気を与えてくれる内容で、これにも感謝しています。

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 書く立場と書かれる立場。ぼくはいま両方の立場にいます。ところが周りを見回すと、「評論」と「紹介」を混同していたり、その違いさえ考えずにものを書いているひとが沢山いるように見受けます。これは自分のことも含めて、です。
 もっと大きな視点から見れば、個人で開設しているブログやHPなど、いまでは驚くほど多くのひとが、何かを書いて世の中に自分の思いや考えを伝えることができるようになりました。
 ぼくは、基本的にどこで何を書いても構わないと考えています。ですから、このブログでも、仕事で頼まれた原稿でも、いつも書きたい放題です。誰にも遠慮することなく、思っていることを書きます。ですが、ひとつだけルールを作ってきました。それは、「特定の個人を不快な気持ちにさせない」ことです。
 大半のひとが、暗黙のうちにこのルールにのっとっていろいろなことを書いています。それが証拠に、このブログに書き込まれたこれまでのコメントで、ぼくはひとつもいやな気分を味わったことがありません。スパムみたいなものは別ですが。

 今日も話が脱線しています。ですが、もう少し支離滅裂なことを書いておきます。
「批評」という言葉には、どことなくネガティヴな印象を受けます。あるいは、高所からものを見ているような感じを覚えます。実際はそうじゃないこともわかっていますが、とくにジャズについて書かれる文章では、一部ですがそういう思いを強くします。まあ「ジャズ・ファン全員評論家」みたいな傾向がありますから、それはそれでいいんでしょうけれど。
 ただし、原稿を書いてお金をもらうプロの場合、「評論家」を名乗るなら、きちんと評論してほしいと思います。ジャズに限らず、音楽に限らず、あらゆるジャンルで「評論家」もしくは「評論」という言葉がとてもイージーに使われているように思います。おそらく、「評論」をすることの意味や怖さを考えず、ただ何となく「評論」という言葉を使っているひとが大半だと思います。
 そういう思いから、ぼくは「批評家」あるいは「評論家」とは決して名乗りません。たまたま、誰かが勝手にそう呼ぶ場合は、そこまで目くじらを立てて修正を迫ることはしませんが。とにかく、ひとさまに威張れる「評論」などぼくには書けません。ぼくのは「感想文」です。もしくは「紹介文」ですから。
 それともしぼくが「評論家」を名乗るなら、レコード会社からサンプル盤をもらうことはやめます。コンサートのチケットも自分で買います。何らかの供与や便宜を受けることは「評論」をする上で潔しと思わないからです。
 そうじゃなければ、ニュートラルな視点での「評論」など書けないでしょう。これとてぼくのまったく勝手な考えですから、「評論家」諸氏には異論・反論があると思います。それもまたよしです。こういうことで正しい考えとか正解なんてあり得ないからです。

 てなことを書いていますが、何も考えずに「評論家」を名乗っているひとを糾弾しているわけじゃありません。そこは勘違いしないでください。人物ではなくて、「何も考えずに何かをする」行為に抵抗を覚えている、ということです。しつこくて申し訳ありませんが、前に書いた「名盤」の話や「あるある」のことと、これも土壌や発想が同じように思えます。
 ただし、そういうぼくも何も考えずに文章を書いていますから、同じ穴のむじなではあるのですが。まあ、人間は矛盾する生き物ということでしょう。でも、ときどきこんなことでも書いて、自分の姿や行為を見つめ直すことも必要かな? なんて思います。このブログは、そういうことをする上で重宝しています。
 ですから、糾弾することも、それを「正しなさい」というつもりも毛頭ありません。だって、ひとそれぞれですから。「放っておいてよ」とでもいわれるのが関の山でしょう。で、ぼくも誰かに何かをいわれたとしても、「放っておいてよ」といいながら、そのあともこのように勝手な文章を書いていくと思います。
 またまた、何をいいたかったか、自分でもわからなくなってしまいました。
 今日のテーマは、「THE DIG」で第一位に選ばれたことの御礼と、その自慢がしたかっただけで、それ以外に他意はありません。あとは、単なる思いつきで書いてしまいました。
 
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by jazz_ogawa | 2007-02-27 00:08 | 平凡な日々 | Trackback | Comments(12)
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 一昨日の「Hi-Fi」イヴェントに続いて、昨日は銀座のバー「le sept」で4回目になる「ONGAKUゼミナール」をやってきました。今回は、新刊に合わせて『愛しのジャズメン』と題したのですが、思惑が外れて出版が遅れています。そろそろ原稿は印刷所に入るのですが、表紙ができていません。何とか3月中に発売してもらいたいと思っていますが、どうなることやら。
 ただしその続編を8月か9月に出す予定で、すでに原稿執筆に取りかかっています。インターヴァルを空けず、立て続けに2冊出しちゃう魂胆です。そして、そのまま3冊目を来年出せればというのが、版元とぼくの考えです。
 ついでに出版の話をもう少しさせてもらうと、この遅れのため4月に出す予定だった『ジャズマンはこう聴いた! 珠玉のJAZZ名盤100』(仮)を5月にずらし、こちらもまた続編を年内に出す予定で話が進んでいます。

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 さて昨日の「ONGAKUゼミナール」、ご来場いただいたかたにはどうもありがとうございました。リピーターのかたも多く、回を重ねるたびに和やかな雰囲気になって、ぼくも楽しめました。新刊の内容とだぶりつつ、いつものようにあちこちに脱線しましたが、楽しんでいただけたでしょうか?
 以下の9曲を聴きながら、そのアーティストにまつわる話をしたのですが、今回はぼくとの交流みたいなものに的をしぼり、いつもよりかなり多くの写真を見ながらの四方山話でした。

1. Love For Sale from『Cannonball Adderley/Somethin' Else』(Blue Note)
2. Quicksilver from『Art Blakey/A Night At Birdland Vol.1』(Blue Note)
3. Stardust from 『Wynton Marsalis/Hot House Flowers』(Sony)
4. I Thought About You from『Branford Marsalis/Random Abstract』(Sony)
5. 'Round About Midnight from『Miles Davis/'Round About Midnight』(Sony)
6. Orange Was The Color Of Her Dress from『Gil Evans/The Monday Night Orchestra At Sweet Basil』(King)
7. St. Thomas from『Sonny Rollins/Saxophone Colossus』(Prestige)
8. I've Got A Crush On You from『Charie Watts/Long Ago And Far Away』(Virgin)
9. The Eye Of The Hurricane from『Herbie Hancock/Maiden Voyage』(Blue Note)

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 プライヴェートな写真をお見せする趣味はなかったのですが、最近のぼくは、そういうの、どうでもよくなっちゃったんですね。何でも話しちゃいますし、自慢したいものはどんどん自慢しちゃいます。
 昔はそういうの、すごくいやでしたが、どういう心境の変化なんでしょう。きっと病気をしてから、ある意味で怖いものがなくなり、自分の中ではアナーキーな精神状態が続いているので、その変形としてこういう行為が顔を覗かせているんでしょう。
 所詮、人間とは露出趣味と覗き趣味が服を着ているようなもので、その最たる例がテレビのワイド・ショウであり、「ひとの不幸は蜜の味」という感覚じゃないでしょうか?
 脱線しました。話を元に戻しましょう。といっても、とくにイヴェントについては書くことがありません。とにかくいいたい放題ですから、ぼくはいいストレス解消になりました。それにつき合わされたみなさんは大きな迷惑だったかもしれません。しかしいまさら気取って話したって、ぼくの場合はつまらないだけです。

 実は、昨日はこのあとにもうひとつ仕事が入っていました。重なるときは重なるものです。6時から8時半まで「le sept」にいて、そのまま急いで新宿に移動しました。4月25日に発売される『月刊Playboy』で特集する「日本人とジャズ」用の対談があったからです。
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 対談の相手は、日野皓正さんと、昨年惜しまれつつクローズした老舗ジャズ喫茶「DIG」のオーナーである中平穂積さんでした。この3人で、以下のようなテーマで、これまたいいたい放題、好き勝手なことを話してきました。

「ジャズ喫茶が持っていた意味」
「本当に日本はジャズ大国なのか」
「日本人はジャズ好きなのか」
「日本のジャズとは何か」
「来日ミュージシャンの影響」などなど。

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 この対談については、そのうちご報告します。楽しみにしていてください。
 そういうわけで、土曜日は大忙しでした。
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by jazz_ogawa | 2007-02-25 16:00 | ONGAKUゼミナール | Trackback(2) | Comments(29)
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 日づけ的にはもう昨日になりますが、Hi-Fiのイヴェントが「VAL」で開催されました。青山・骨董通りの富士フィルム近くにある小さなお店です。Hi-Fiのイヴェントは4~5年前にここから始まりました。それで、チーム・メンバーはここを「Hi-Fiの聖地」と呼んでいます。
 その後は南青山の別の店や代官山に移り、最近は渋谷の「PLUG」でやることが多くなりました。27回目の今回は原点に戻ろうということから、久しぶりに「VAL」での開催となりました。
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 ぼくはいつもわがままをいって、早い時間に回させてもらっています。昨日は5番手で、11時から30分が持ち時間でした。選曲はいつもどおり、iPODに入っている曲を適当にチェックして以下のようなものになりました。

1. Do You Know The Way To San Jose/Dionne Warwick with Celia Cruz)
2. Sunshine Superman/Donovan
3. Oye Como Va/Santana
4. Windy/Astrud Gilberto
5. Soul Bossa Nova/Quincy Jones
6. Serching For My Love/Percy Sledge
7. Diavo In Me/Zucchero with Solomon Burke
8. Stop! In The Name Of Love/The Supremes

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 順番は忘れましたが、この8曲です。それにしても支離滅裂ですね。テーマもなければ関連性もありません。それも当然で、何も考えずにパッパッパと選びましたから。でも、自分で聴いていて気持ちはよかったです。
 これ、大事なことです。自分が聴いてつまらない曲をかける必要はないんですから。とくに好きなのが1とか6ですね。8は、昨日の朝、テレビで『ドリームガールズ』のことが話題になっていたので選んでみました。2は、ひとつ前のブログでドノヴァンのレコードを紹介しましたが、その中からの1曲です。

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 早い時間でしたが、ぼくが始めるころからお客さんが入ってきました。でもこの時間帯なら、煙草の煙もそれほどひどくないのでなんとかなります。このあとは煙がもうもうとなることでしょう。そういうわけで、終わったらさっさと退散です。「VAL」は狭い店なので、煙草を吸うひとが2~3人いるだけで胸が苦しくなります。
 以前から思っていることですが、ノー・スモーキングのクラブを作れば、最先端を行くことになってかっこいいと思うんですが。

 口直しに昔の写真をお見せしましょう。3年前に「VAL」のイヴェントで写したものです。ブランフォードはいつも愛嬌たっぷりです。
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by jazz_ogawa | 2007-02-24 00:38 | 平凡な日々 | Trackback | Comments(10)
 そういえば、「マイ・コレクション」というカテゴリを作っていたことを忘れていました。そこで今日は久々に「マイ・コレクション」です。

 数日前、ソニーのディレクターから電話がありました。5月にリリースするスライ&ファミリー・ストーンのアルバムに使う帯を探しているけれど、持っていないかとのことでした。残念ながら、該当する国内盤は持っていません。というわけで、協力はできませんでした。
 このところ、ロックの紙ジャケはかなりすごいことになっています。中でもソニーの紙ジャケは満足度が高くて、いつも注目してきました。帯もアナログ盤についていたものを再現していますし、内袋やジャケットの質感までかなり納得ができます。
 こちらはソニーじゃありませんが、本日発売のブラック・サバスの紙ジャケも究極に近いものです。ジャケットのコーティングやエンボス加工、内袋などの付属品、レコード番号(これ大事です)など、オリジナル盤に相当忠実な再現がなされています。今回は、これまで版権の関係で使えなかったVertigoのロゴ・マークまできちんと印刷されています。

 さて、電話をもらったことからソニーの帯つきアナログ盤をチェックしてみました。初期に発売されたレコードには、「被せ帯」と呼ばれるものがつけられています。ぼくはこの「被せ帯」フェチなので、中古盤店でソニーの「被せ帯」がついているレコードがあれば、トリオ・ロス・パンチョスでもパーシー・フェイスでも、目につき次第買ってしまいます。そこで、今日はその「被せ帯」盤からいくつか紹介しましょう。

①『スライ&ファミリー・ストーン/スタンド!』(ECPL-26)
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 ぼくが持っているスライの「被せ帯」盤はこれ1枚でした。これは彼の作品中もっともポピュラーなアルバムですね。それでも、買えば7~8000円はするんじゃないでしょうか? エピックの黄色い帯も魅力です。キャッチ・コピーは「狂気の現代に鮮烈なるブラック・パワーを!」。うーん、時代を感じます。

②『ユニオン・ギャップ/ウーマン・ウーマン』(SONP-50006)
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 ぼくが持っているCBSソニー盤で一番古いレコードです。CBSソニーのポピュラー系はSONPの50001番から始まっています。したがってこれは最初の1枚でした。シュリンクも残っていてかなりいい状態です。「人気沸騰! 待望のLP第一弾」。非常にオーソドックスなキャッチ・コピーです。
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 初期のレーベルはこれで、しばらくすると2色のものに変更されます。

③『ドノバン/ハーディー・ガーディー・マン』(SONP-50045)
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 これもCBSソニーの初期に出された1枚です。タイトルのあとに「最新盤」とクレジットされています。当時のドノバンはロックにも進出し、ジェフ・ベック・グループと共演するなどして注目されていました。そういえば、このころの加藤和彦さんは「トノバン」と名乗っていましたっけ。キャッチ・コピーは「あふれる幻想とイマジネーション。今世紀が生んだ最大のメルヘン。ドノバンの夢の世界がここにある!!」。そうそう、「メルヘン」がドノバンのキーワードでしたね。

④『フリートウッド・マック/英吉利の薔薇(イングリッシュ・ローズ)』(SONP-50057)
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 『アル・クーパー/アイ・スタンド・アローン』のジャケット・デザインを用いた「ニュー・ロック・シリーズ」のロゴ(真ん中やや右にあります)が懐かしいです。「SX68サウンド」(右はじのロゴ)もCBSソニーの売りでした。SONPシリーズは定価が1800円でしたが、数年後に2000円に改定されます。これはその時期に買ったのでしょう。キャッチ・コピーは「フリートウッド・マック!! 快心のデビュー・アルバム登場。これがモダン・ブルース・ロックだ!!」というもの。ロックが新しいうねりを感じさせるようになった時代にリリースされました。

⑤『マイルス・デイビス五重奏団/マイルス・イン・ザ・スカイ』(SONP-50023)
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 最後にマイルスを。これもCBSソニーの第1回新譜と記憶しています。この時期のCBSソニーは、ジャズならマイルス、ロック系ならボブ・ディランやバーズなど、会社を立ち上げる以前に出ていたレコードを毎月何枚かずつリリースしていました。ただし、これは新譜です。ジャズなら、このレコードとセロニアス・モンクの『アンダーグラウンド』が新譜として最初に出たんじゃなかったかな? 「孤高のモダン・ジャズを創造するトランペット、マイルスが展開する“音”への探求を収録!」。あのころの自分が目に浮かびます。
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by jazz_ogawa | 2007-02-21 21:08 | マイ・コレクション | Trackback | Comments(17)
e0021965_10411256.jpg 新作ではないですが、『ハリー細野クラウン・イヤーズ 1974-1977』が最近のお気に入りです。クラウン時代に発表した『トロピカル・ダンディ』と『泰安洋行』に、今回初めてコンプリートな形で登場する伝説のプロモーション・ディナー・ライヴ『ハリー細野 & Tin Pan Alley In Chinatown』、さらにはそのライヴの模様やレコーディング風景などを収めたDVD『ハリー細野 & Tin Pan Alley 1975-1976』の4枚組がその内容です。コンパクトなボックス入りで、132ページのブックレットもつき、しかも全曲リミックスされていて6825円はお買い得でしょう。ぼくはAmazon.comでさらに15パーセント引きで買いました。

e0021965_10442984.jpg この時期の細野さんは、はっぴいえんどの音楽から離れて、国籍不明の東洋風というか、沖縄やハワイやさらにはニューオリンズあたりの音楽まで自分のサウンドとして消化していました。このあとに結成するYMOより、そしてその前のはっぴいえんどより、ぼくはこの時代が好きです。
 マーティン・デニーというエキゾティック・ミュージックの創始者がいます。そのひとの音楽から影響されるようになったのがこの時期の細野さんでした。マーティン・デニー風の細野ミュージックといったところでしょうか。とぼけた味も特徴です。

e0021965_10455625.jpg その中でとりわけ好きなのが「北京ダック」「蝶々さん」「香港ブルース」「東京シャイネス・ボーイ」あたりですが、そのほかにも名曲が盛りだくさんで、しかもアレンジもご機嫌です。チャイナタウンのライヴには無名時代の教授も参加していますし、アッコちゃんも加わっています。それもいまとなっては興味深いですね。
 ところで「東京シャイネス・ボーイ」といえば、昨年出たDVDの『東京シャイネス』も素晴らしい内容でした。これは細野さんが久々にシンガーとしてライヴ活動を行なったときのツアーを収録したものです。初回限定版には、2005年の「ハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァル」でトリを務めたステージが全曲収録されたボーナス・ディスクも入っています。

e0021965_10471711.jpg 30年前の細野さんはまだ痩せていましたが、はにかみながら歌っている姿は『東京シャイネス』で観る現在の細野さんと同じです。とぼけた味が、いまとなっては年齢に追いついて、さらにいい雰囲気を醸し出します。それを思うと、30年前に細野さんがやっていた音楽はなんて素晴らしかったことか。ノスタルジーを感じさせる音楽でありながら、時代の先端に位置していたのですから。
 ただし、当時を振り返るとこの音楽がそれほど多くのひとに受け入れられていたとは思えません。いってみればルーツ・ミュージックの走りでしょうか。

e0021965_10481636.jpg それだけに、日本よりアメリカのミュージシャンに評価されていたみたいです。ロニー・バロンとの共演もありましたし、はっぴいえんどのラスト・アルバムをプロデュースしたヴァン・ダイク・パークスも、細野さんの音楽には相当注目していたようです。
 ブックレットによれば、ヴァン・ダイク・パークスは細野さんのレコードを聴いて、「ホソノをアメリカに入れるな」といったとかいわなかったとか。同じような音楽をやられたんじゃたまったものじゃない、と思ったんでしょう。
 そういえば、いまから発売を楽しみしている作品があります。4月に出る『細野晴臣トリビュート・アルバム』です。これは細野さんを信奉する海外のミュージシャンが彼の曲を取り上げたトリビュート物です。そのメンバーがとにかくすごい! これぞ細野さんの真骨頂です。

【参加アーティスト】
・坂本龍一+嶺川貴子
・矢野顕子+レイハラカミ
・高橋幸宏
・ヴァン・ダイク・パークス
・ジョン・サイモン、ジョン・セバスチャン、ジェフ・マルダー&ガース・ハドソン
・ジム・オルーク+カヒミ・カリィ
・テイ・トウワ+ナチュラル・カラミティ
・コーネリアス
・東京スカパラダイス・オーケストラ
・コシミハル
・高野寛+原田郁子(クラムボン)
・畠山美由紀+Bophana+林夕紀子
・リトル・クリーチャーズ
・SakeRock All Stars
・ワールドスタンダード+小池光子
・Vegabond c.p.a
・miroque
・□□□(クチロロ)

 これだけのひとが細野さんの音楽に敬愛の念を抱いているのですから、さすがとしかいいようがありません。
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by jazz_ogawa | 2007-02-18 10:51 | MHR | Trackback | Comments(8)
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「愛しのJazz Man」を毎週連載している小僧comの「今月の小僧」というコーナーに、本日から4週間、ぼくのインタヴューが掲載されます。興味のあるかたはここhttp://www.kozocom.com/lifestyle/thismonth/index.htmlをクリックしてください。

 これまでに「今月の小僧」では何人かが紹介されてきました。選択の基準は「二足の草鞋を履いているひと」のようです。ただし、これまでのみなさんは本業でも素晴らしいことをやっているひとばかりなので、ぼくのような年齢的には「小僧」であっても「ちんぴら」はどうなんでしょう? 役者不足のような気がしてなりません。
 医者といえば聞こえはいいですが、パート・タイマーですから。日給いくらの肉体労働医です。大病院の院長だとか部長じゃありませんし、大学病院の教授でもありません。肩書きはいたって貧弱です。インタヴューしてくれたかたも、本業には触れるのが難しかったんじゃないでしょうか?
 というわけで、内容はどうしても副業についてが中心になりました。副業では面白い話がたくさんありますから。ただし、このブログやぼくの本を読んでくださっているかたには目新しい話はほとんどないと思います。
 これまでに、自分のことも含めてさまざまなことを書いたり話したりしてしてきました。いまこの文章を書いていて、自分はそろそろネタ切れなんだということを改めて実感しています。これからどうしましょう?
 てなことをいっても、これまでにも同じことをあちこちで繰り返し書いてきましたから、これからもしつこくそうやっていくんでしょうね。同じ文章が何度も出てくるのは、レコードやCDでいうならコンピレーションみたいなものと思ってください。

 考えてみたら、医者の部分で何か書けることがあるかもしれません。医局時代には笑える話がたくさんありました。専門職ゆえの厳しさもあれば、真剣ゆえにとんでもなく馬鹿げたエピソードもあります。
 医者の世界では、世間の常識が通じないところがありますし、ぼくが大きっらいな「過去の習慣を何にも考えずに、これまでもこうしてきたから」という理由で踏襲していることも少なくありません。こういうのって、裁判でも政治でもお役所仕事でも同じですよね。
 脱線しますが、名盤と呼ばれているだけで、聴きもしないで「あれは名盤だ」というひとがいます。たとえば「チャーリー・パーカーは偉大だ」とたいていのひとはいいます。たしかに、客観的に考えても、あるいはジャズを40年間聴いてきた経験からいってもパーカーは偉大だと思います。ところがそういっているひとの中で、本当に聴いているひとがどのくらいいるでしょう? パーカーのCDなんてたいして売れていないんですから。
 名盤と呼ばれているものの多くはたしかに名盤です。ですが、それを鵜呑みにせず、「ちょっと待てよ」とか「本当にそうか?」といった疑問を常に持ち、自分の耳で確かめてみることが必要です。
 ぼくは、ひとのいっていることをあてにしません。あらゆるものごとに対してそんなことはできませんが、少なくとも自分が好きなものに対しては自分で確認することにしています。
 『あるある大辞典II』の問題もそこにあります。どうして、あんなことを本気にするんでしょう? 信じられません。簡単に痩せられると、多くのひとが思っているのでしょうか? あの番組を観ていないのでわかりませんが、2週間納豆を食べると痩せられるんですか? 
 この手の番組で不思議に思うのは、2週間後にはそれが嘘だってわかるのに、そういうことを平然と放送していることです。しかも同じようなすぐに結果が出ることを、何度も繰り返してきたにもかかわらず、かなりの視聴率をあげていることです。
 観ているひとも、はなから信じていないんでしょうか? そうなると、納豆が売り切れたこととは矛盾します。本気で信じてはいないけれど、ちょっと試してみようかな、といったところですかね。
 それなら、これほど大騒ぎしなくたっていいじゃないですか。本気にしているひとがそれほどいないのなら、東スポやぼくと同じで、「また適当なことをいってらぁ」で済ませればいいと思うのですが、そのあたりの心理がわかりません。
 そもそも食事だけで痩せられると考えているとしたら、そのひとがいかに無知であるかをみずからが名乗っていることになります。健康的に体重を減らすためには、適切な食事と運動の両方が不可欠です。
 サプリメントについてもいいたくなってきました。食事でもサプリメントでもそうですが、どれだけのひとが適切なものを適量選んでいるのか、おおいに疑問です。飲めばいいってものじゃないことを肝に銘じておくべきです。これも名盤と同じです。自分できちんと確認すべきです。
 書いているうちに「憤り」の部分が出てきました。申し訳ありません。今日はこれで終わにします。
 
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by jazz_ogawa | 2007-02-15 12:10 | Works | Trackback | Comments(28)
e0021965_23311397.jpg マーティン・スコセッシは大好きな監督のひとりなので、この映画、気になっていました。2時間20分くらいでしょうか? そこそこ長編ですが、最後まで飽きずに観ることができました。ただし最近の映画はどうしてこんなに簡単にひとを殺しちゃうのか、そこがあまりいい感じはしません。
 ストーリーが単純なようで複雑で、なんていえばいいんでしょう? 理解力がめっきり低下してきたぼくは、わかったようなわからなかったような、それで結局わかったつもりになって映画館を出てきましたが。

 香港映画のリメイクということで、舞台がボストンになっています。そこにちょっと無理があるかなぁと感じました。だって、ジャック・ニコルソンがボス役を演じるアイリッシュ系マフィアが、街のチンピラ集団に毛がはえた程度にしか見えないからです。それを州警察が総力を挙げて撲滅しようとすることに、ギャップを感じたんですね。州警察をあげて作戦を練るほどの大物? という点にひっかかりました。

e0021965_23393764.jpg 舞台が香港なら、香港マフィア対香港警察の構図で、ギャップを感じなかったかもしれません。リメイクだからといって、舞台をアメリカにする必要があるんでしょうか? スコセッシが香港で映画を作ったらもっと面白かったのに、と単純に思っただけですが。
 でもそんなひっかかりはあったにしても、映画そのものは面白かったです。あと、エンドロールを観ていて、製作者のひとりがブラッド・ピットであることを知りました。映画ファンの間ではこれも話題になっているんでしょうね。

e0021965_2332549.jpg ところでマーティン・スコセッシといえば、最近気になっていることがあります。ストーンズのドキュメンタリー映画を作るというんですね。来年の公開を予定して、年内に撮影が始まるというニュースをしばらく前に聞きました。
 『ディパーテッド』でも「ギミー・シェルター」と「レット・イット・ルース」が使われていましたし、映画監督にならなかったらロック・ギタリストになっていたかもしれないと口にするほどのロック・ファンですから、楽しみです。ロック映画の名作と呼ばれている『ラスト・ワルツ』もスコセッシが監督していましたしね。
 ただし、この映画、演奏シーンは文句なしに素晴らしいのですが、インタヴューのシーンや内容、つまりライヴ以外は面白いと思いません。あまりにも演奏がすごいことと、ゲストとの共演が衝撃の連続なので、余計なものはないほうがいいのでは? と思います。ライヴ以外のシーンが挿入されることで興がそがれるといえばいいでしょうか?

 ロック・ファンが監督したため、ファンの部分、あるいはよく知っている部分が、映画としての完成度を邪魔したとぼくは感じました。もっと、淡々とライヴを時系列で追ってもらうほうに興味があります。そういうわけで、ストーンズのドキュメンタリーですが、スコセッシ監督にはあまり張り切って演出せずに、自然な形で淡々と彼らのすごさを伝える内容にしてもらいたいと思います。
 しかしそこは巨匠です。当然、監督として主張を出してくるでしょう。また、出さなければスコセッシが監督する意味はないんでしょうから。そこが、両方のファンであるぼくとしては痛し痒しですね。
 でも、いずれにせよこのドキュメンタリー、完成すればやがてDVDが発売されることになるでしょう。となれば、これでぼくのコレクションがまた増えます。それはそれで、内容とは関係なく嬉しいことではあります。
 てなことで、今日も何がなんだかわからない戯言を書いてしまいました。
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by jazz_ogawa | 2007-02-12 23:40 | 映画&DVD | Trackback(1) | Comments(14)
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 ブルーノートの創立者アルフレッド・ライオンがこの世を去ってから、早いもので20年が過ぎました。彼は1986年8月に最初で最後の来日を果たしています。それからわずか半年後の87年2月2日午前8時、サンディエゴ市内のポメラード病院で眠るように息を引きとったそうです。
 サンディエゴでのメモリアル・サーヴィスには、親友だったホレス・シルヴァーをはじめ、リード・マイルス、ギル・メレといったゆかりのひとが参列し、11日にはニューヨークのセント・ピータース教会でもメモリアル・サーヴィスが行なわれました。ライオンの遺体は、ルース夫人と少数の知人が立ち会って、翌12日、母親と親友のフランシス・ウルフが眠るニュージャジー州パラマスにあるベス・エル墓地に埋葬されます。

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 ぼくは縁あってライオンと知己を得ました。そのときのことはあちこちで書きましたので繰り返しません。そして、あるとき、思い立ってライオンの伝記とブルーノートのストーリーをたどる『ブルーノートの真実』を書くことにしました。
 それまでに集めたライオンやルース夫人をはじめ、このレーベルにかかわった多数のミュージシャンや関係者の話をまとめて、大好きなブルーノートというレーベルの紹介とライオンへのオマージュとしたかったからです。そのためには、どうしてもライオンが埋葬されている墓地も訪ねてみたいと思いました。
 マンハッタンからジョージ・ワシントン・ブリッジをわたってニュージャージーに入ります。ルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオでお馴染みのハッケンサックやイングルウッド・クリフスを通り抜けて少し行くと、パラマスという小さな街に入ります。亡くなる半年前に10日間近く行を共にしたライオンがここで眠っている。寂しいような懐かしいような、言葉ではいい表せない思いで胸がいっぱいになりました。

 事務所でお墓のある場所を調べてもらいました。それである程度の見当はつきましたが、正確な場所がわかりません。その一画までいって、あとはひとつひとつの墓石を調べなければなりません。しかし幸いなことに、比較的前方にライオンのお墓はありました。
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 ウルフのお墓も同じ区画にあるとのことでした。ライオンより15年ほど前に亡くなっていることから、もっと後方を探したところ、ありました! 同じように質素な墓石で、雑草に下半分が埋まっていました。親友同士は10メートルほどの距離で安らかに眠っていたのです。その後はライオンのお母さんのお墓も探したのですが、再婚していたため苗字が違うのでしょう。名前がわからないため、見つけることは諦めました。
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 現地に行ってみると、わかることっていろいろあります。ハッケンサック、イングルウッド・クリフス、パラマスあたりはジューイッシュの街のようです。裕福な感じではありません。パラマスはとりわけ貧しい街の印象でした。
 どうしてライオンがプリマスの墓地に埋葬されていたのでしょうか? 彼はブルーノート時代の後半、そして引退してからの数年間、この街に住んでいたからです。ここが第二の故郷だったのでしょう。そしてこの街にある貧しいジューイッシュ専用の墓地に埋葬されていたことで、ぼくはさまざまな思いにとらわれました。
 ブルーノートのオーナーでプロデューサー。聞こえはいいです。しかし、ライオンはすべての財産をレーベルの運営に注いでいました。豊かな生活なんか望んでいなかったのです。
「好きな音楽とミュージシャンに囲まれているのが何よりの財産」
 日本で語っていた言葉を思い出しました。
 ヴァン・ゲルダー・スタジオが近くにあったことも、この街に住んでいた理由です。ライオンとヴァン・ゲルダーの友情も、ここまで来て初めて実感することができました。ライオンは私生活のすべてをジャズに捧げていたのです。

 ルース夫人から、「ライオンが危ない」という話はしばらく前に知らされていました。そして、日本の関係者もその日が来ることを覚悟していました。ぼくは、重い心臓病を患っていたラインが、無理をしてまで日本に来てくれたことに感謝すると同時に、医師として取り返しのつかないことに加担したのではないかと自責の念にかられました。
 しかし、しばらくしてルース夫人から暖かい手紙をいただきました。

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 アルフレッドは、この世を去る直前まで、「マウント・フジ・ジャズ・フェスティバル」で自分が撮った写真や、放送局から贈られたフェスティバルのヴィデオ・テープを繰り返し観ていました。
 アルフレッドが日本に行くといい出したとき、わたしは絶対に承服できませんでした。彼の体調は、サンディエゴから日本への長旅には耐えられないと思ったからです。何度も何度も反対しました。一度は主催者のかたに正式なお断りもしたほどです。それでも、アルフレッドはどうしても行くといって聞かなかったのです。
 これまで、わたしはアルフレッドの体調を思うあまり、彼がやりたいことに随分反対してきました。いつもならわたしの意見を受け入れてくれましたが、このときは最後まで行きたいの一点張りでした。そこまでいうのならと、わたしも折れたのです。
 日本に着いた当初、わたしは心配で心配で夜もほとんど眠れませんでした。しかし、関係者のみなさんが献身的にアルフレッドの体調を気にかけて下さいました。そのことに心を動かされたことも再三です。
 そして何よりも嬉しかったのは、アルフレッドが心から幸せそうにしていたことです。あんなに嬉しそうな夫の顔を、わたしはこの20年間見たことがありません。それだけで、日本に行ったことが間違いでなかったと確信しました。
 最後の日々、アルフレッドは日本の思い出ばかりを口にしていました。日本行きが彼の死期を早めたかもしれませんが、いまとなっては、アルフレッドが幸福な最後を過ごせたことに感謝しています。
 日本のみなさんがブルーノートを愛して下さっている──。そのことを肌で感じることができて、アルフレッドはどんなに幸せだったことでしょう。彼の人生は間違っていなかった。アルフレッドがわたしの前からいなくなったことは言葉でいい尽くせないほど寂しいことですが、彼は最後にとても大きな喜びをわたしに残してくれました。
 日本のみなさんが、これからもブルーノートのレコードを愛してくれることを、アルフレッドとわたしは願っています。

 この手紙はぼくの宝物です。ライオンの冥福を祈るとともに、失意のどん底にいたにもかかわらずこんな素敵な手紙を送ってくれたルースに心から感謝します。
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by jazz_ogawa | 2007-02-10 00:16 | 平凡な日々 | Trackback | Comments(14)
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 新作『ビヨンド・ザ・ウォール』の発表を来月に控えたケニー・ギャレットが来日しました。ケニーとは、その昔、彼のリーダー作をぼくがプロデュースすることで話がまとまりかけていたこともあって、いまもつき合わさせてもらっています。レコーディングは残念ながら実現しませんでしたが、その後にワーナーと契約し、現在まで充実したアルバムを何枚も発表してきたことは、ファンならご存知でしょう。

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 ケニーとは留学時代に知り合いました。25年くらい前のことです。最初はただの顔見知りでしたが、親しくなったのは、新生ブルーノートが肝いりで結成したアウト・オブ・・ザ・ブルー(OTB)に参加してからです。グループのお披露目は、1985年にニューヨークで開催されたコンサート「ワン・ナイト・ウィズ・ブルーノート」の打ち上げパーテでした。
 コンサートでは、ブルーノートの再スタートに合わせて、新旧のブルーノート・アーティストが一堂に会し、4時間以上にわたって「タウン・ホール」でさまざまな顔合わせのセッションが繰り広げられました。前日に行なわれたリハーサルを覗きにいったところ、ぼくはたまたまやってきたアルフレッド・ライオンと知己を得ます。コンサート終了後のパーティではハンク・モブレーと言葉を交わしました。そのパーティで演奏していたのがOTBです。
 そして、このときに会話をしたことからケニーとは仲良くなりました。この時点で、彼はすでにスター候補生として注目されていました。そして、OTBも《新時代のジャズ・メッセンジャーズ》とか《新人の登竜門》的なグループとして大々的に売り出され、やがて注目を集めるようになります。
 このグループとは不思議な縁があって、レコーディングにも立ち会いましたし、「トップ・オブ・ザ・ゲイト」で行なわれたデビュー・ライヴも観ました。さらには、そのライヴに向けてのリハーサルも覗いています。彼らはニュージャージー州にあるラトガース大学の教室を借りてリハーサルをしていたのですが、そこで全員のインタヴューもしました。これが、OTBとしては世界で最初のインタヴューです。
 やがてケニーはマイルス・デイヴィスのバンドに抜擢され、さらにはジャズ・メッセンジャーズにも参加し、二足の草鞋ではなく三足の草鞋を履くようになります。ただし、こんな無茶苦茶なことは長続きしません。そこで、彼はマイルスのバンド一本に絞って活動に専念します。

 ケニーのライヴについて書こうと思っていたのですが、話が大幅に逸れてしまいました。昨日のブルーノートでは、前回ニューヨークで観たライヴ(昨年の5月)と演奏スタイルやメンバーはほとんど同じでした。
 ここ数年、ケニーのプレイは過激になっています。まるでジョン・コルトレーンのようなアグレッシヴさが、素顔の彼とは違和感を感じさせるほどです。どこにこれほどまでに攻撃的な部分があるのか、それが不思議で仕方ありません。非常に挑戦的なスタイルといってもいいほどで、まるで何かに怒りをぶつけているようにも思えました。
 しかし、それも前半までです。ステージの中盤から雰囲気が変わりました。ピアノとのデュエットで、「アジアン・メドレー」が叙情味たっぷりに演奏されます。こういう美しい響きもケニーの魅力です。今回は、これまでの「赤とんぼ」「アリラン」「翼をください」に、「荒城の月」も加えられていました。これが終わるとカルテットでの演奏に戻りましたが、後半は穏やかな響きにケニーらしさを感じました。

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 演奏が終わってから、短い時間でしたが話もしてきました。「まるでコルトレーンみたいだった」との感想に対しては、「そうですか?」と日本語で返事を返します。そうそう、前回ニューヨークで会ったときのケニーは日本語を忘れかけているといっていましたが、昨日はかなり日本語で話をしていました。
 ぼくの前にレコード会社のひととプロモーションについて打ち合わせをしていたのですが、すべて日本語で通していたのですからたいしたものです。それでぼくとの会話は、いつもそうですが、ケニーが日本語、ぼくが英語という珍妙なものになります。昔は、ぼくも極力日本語を使っていたのですが、せっかちなぼくは英語のほうが手っ取り早いということから、いつの間にか基本は英語になってしまいました。

e0021965_2317159.jpg すでにプロモーション盤で聴いていたので、新作についても少し話しをしました。今回は中国やスマトラ沖の津波に触発された曲があったりで、以前からケニーが興味を持っていた東洋的なものにテーマが求められています。そこで、「アジアン・メドレー」に中国の曲も追加したら? と提案したところ、「フーム」としばし考えていました。

 ケニーは9.11によって、音楽家としての自分を見つめ直している節があります。『ハッピー・ピープル』というアルバムのライナーノーツを書くため、インタヴューしたときです。彼はこんなことを話してくれました。
「レコーディングの初日はテロの当日だった。ぼくたちはロスのスタジオで偶然にそのニュースを見たんだ。最初は何が起こったのか理解できなかった。ようやく事態が飲み込めてからは、みんなでニューヨークにいる家族や知り合いが無事か電話をしまくった。とにかく言葉ではいい表せないショックに全員が襲われた。とてもレコーディングができる心理状態じゃなかった」
 しかし全員で話し合った結果、この気持ちを創造力に変えて演奏にぶつけたら、いつもと違うことができるんじゃないかという結論に達したそうです。そこで何度も中断をしながら、レコーディングは行なわれました。しかも大半の曲がその日のうちにほぼ完成してしまったのです。
「不思議なことに、ああいう想像もつかない悲劇が起こると、人間は何かに気持ちを集中していたほうが落ち着くんだね。だからレコーディングすることで、いろいろな思いを断ち切ることができた。それが精神の集中に繋がった。それとぼくたちが演奏することで、ひとびとをハッピーにすることができるかもしれない。これがアルバムのコンセプトだから、レコーディングを中止にしなくてよかった」

 これ以来、ケニーの音楽は変わったとぼくは思っています。何かに怒りをぶつけているみたいだと書きましたが、テロに対するぶつけようのない憤りなのかもしれません。こういうことは立ち話ではしたくないので、そのうちどこかでケニーに聞いてみようかなとは思っています。

 今回も長々とすいませんでした。今日はこれくらいにしておきます。
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by jazz_ogawa | 2007-02-07 23:27 | ライヴは天国 | Trackback(2) | Comments(2)
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