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川隆夫の JAZZ BLOG
Profile

©Kozocom (photo by Shuichi Kasahara)
職業:JAZZジャーナリスト、整形外科医、DJ

ニューヨーク大学の大学院在学中にアート・ブレーキーやマルサリス兄弟など数多くのミュージシャンと知り合う。帰国後、JAZZを中心に約3000本のライナーノーツを手がけると共にJAZZ関連の著書を多数出版。ブルーノートの完全コレクターとしても有名。その他、マイルス・デイヴィスやブルーノートの創始者アルフレッド・ライオンの来日時の主治医を勤めるなど、現役の整形外科医としても第一線で活躍中。

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「ジャズメン、ジャズを聴く」

「証言で綴る日本のジャズ」

「ジャケ裏の真実
ジャズ・ジャイアンツ編」
TALK EVENT■
小川隆夫ONGAKUゼミナール
@銀座le sept
3.19:ジャズメン、ジャズを聴く!


■TALK EVENT■
民音音楽博物館
「3月文化講演会」@神戸
3.26: 関西国際文化センター
コスモホール
TEL: 078-265-6595

詳細やその他ライナーノーツなどは 「Works & Information」へ>>
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 今日は午後からクイーンズにある「Louis Armstrong House」に行ってきました。グランド・セントラルから7番の地下鉄に乗って、103rd Street-Corona Plazaという駅で降りるのですが、この地域はあまり治安のいい場所ではありません。そもそもフラッシング行きの7番ライン自体、夜なんかにひとりで乗るのは遠慮したい路線です。
 フラッシング周辺はhate crimeでひところ名を馳せたところですし、ついこの間、ヴァージニアの大学であった事件を思うにつけ、アジア人のひとりであるぼくとしては好んで行きたい地域ではありません。
 留学していたときは、「大道」という日本食料品店がフラッシングにあったので、年に何回かこの路線に乗って行ったことがあります。当時はいまと違って、マンハッタンには「片桐」という日本食料品店しかなく、ここは値段も高かったことから、たまに「大道」を利用していました。

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 そのフラッシングの数駅手前に目的の103rd Street駅があります。このあたりはヒスパニックのコミュニティのようで、通りにあるほとんどの店の名前がスパニッシュです。店内から流れている音楽も、車から聴こえてくる音楽もサルサやその他のラテン・ミュージックで、陽気なことこの上ありません。

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 その商店街を抜けて、何度か角を曲がると、目的の「Louis Armstrong House」のある107 Streetと37 Avenueに出ます。

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 107 Streetの一角は「Louis Armstrong Place」と名づけられています。

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 そして、角からすぐのところに「Louis Armstrong House」はありました。

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 アームストロングは1943年からこの世を去る1971年までここに住んでいました。高いのか安いのかわかりませんが、当時の価格で3500ドルだったそうです。レンガ作りの3階建てで、そこそこ広い庭園もあります。
 家の中を見せてもらうには、ガイドつきで入場料8ドルを払います。所要時間は約40分で、ひとつひとつの部屋を丁寧に紹介してくれました。それぞれの部屋は思ったほど広くありません。
 アメリカの国民的ヒーローの家にしては、全体に少し質素な気がしました。いまでは、この地域は物騒なところで知られていますが、アームストロングが引っ越してきたころはどうだったんでしょう? 

 興味深かったのはキッチンです。1960年代の最新設備が整っていて、すでに電子レンジまで使っていたようです。ガス・コンロは6台もあって、4台が一般的であることを考えると、奥さんのルシールは料理好きだったのかもしれません。あとはオーヴンも2台、ディスク・ウォッシャーも完備していて、ガイドの若い青年によれば、当時としてはもっともモダンなシステムだったそうです。
 ルシールは壁紙に凝っていて、ウォーキング・クローゼットはすべて銀紙が使われ、引き出しの中にも銀紙が貼りつけられていました。キッチンは壁紙ではありませんが、ブルーで統一されていて、デザインとこの色調がとってもポップな感じを生み出しています。
 アームストロングはツアーに明け暮れていたので、家には年に50日くらしかいませんでした。それでルシールが好きなように内装をいじっていたのだそうです。部屋によって、いろいろな色の壁紙が使われていたのが面白かったですね。

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 ガイドによれば、庭は日本庭園とのことでしたが、とくに日本庭園という感じはしません。バーのコーナーなんかもしつらえてあるので、きっとガーデン・パーティなんかもやっていたんでしょう。

ここから先は、本日のもろもろです。

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 井川が一面に載っていた今日の「Daily News」です。

 ニューヨークにいるときの朝食は、アパートで野菜スープと野菜サラダとベーグルが一般的です。1日に350グラムの野菜を食べなければいけないため、ここである程度の量を稼いでおかないとあとが大変になります。夜になって、これじゃ足りないと思ったときは野菜ジュースを飲みます。

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 それでこれが今日の昼食。
 アパートの近くにある、行きつけのコーヒー・ハウスで食べたターキー・バーガーです。野菜がトマトとレタスだけだったので、スライス・オニオンを加えました。たいした重さではありませんが、これで少しは稼げたかなと。スライス・オニオンの上に乗っていたオニオン・リングは食べません、食べたかったですが。
 肉はなるべく資質の少ないターキーを食べるようになりました。本当はターキー・ブレストがロー・ファットでいいのですが、これはどこの部位なんでしょう?

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 クイーンズからマンハッタンに戻り、3番街をグリニッチ・ヴィレッジに向かって歩いていたらストリート・フェアに出くわしました。昔は、こういうフェアにもレコードを売るひとがいて、そういうときは結構珍しいものを手に入れることもできました。しかし、もう何年もストリート・フェアでレコード屋さんは見かけません。

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 夜はレキシントン・アヴェニューのインド・レストラン街にある「Pongal」へ。ここはヴェジテリアンのカレー屋さんなので、お肉は一切ありません。これは、前回来たときにみつけた「sada」というクレープ状のものです。made of rice and lentik flourだそうです。

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 「baingan bhartha」。メッシュした焼き茄子を、ソテーしたオニオンとトマトであわせたスパイシーなカレーです。オイルは極力使ってないようです。

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 「pulka」といって、オイル・フリーのピタ風ブレッドです。このお店にナンはありません。同じものでオイルも使って焼いた「chappathi」がここでは一般的なパンのようです。

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 バスマティ・ライスもかなりいけます。 

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 帰りにサード・アヴェニューで見つけた新しいデザインのバス停です。

 あとはアパートに戻り、野菜ジュースを飲みながらDVDを観ることにします。
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by jazz_ogawa | 2007-04-30 13:48 | NY Mapができるまで | Trackback | Comments(2)
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 ニューヨークに着きました。日本は29日のお昼ごろでしょうが、こちらはただいま28日の夜中です。それで何がやっぱりかといえば、いつものように出発が遅れました。ぼくの場合、なぜか日本発が大半ですが、ちゃんと飛ぶことがあまりないんですね。機材が遅れたという理由で、その日に飛ばなかったこともありますから。
 今回は直行便のチケットが取れず、ワシントンD.C.経由です。乗り換えに1時間半くらいしか時間がないのでいやな予感はあったんですね。案の定、出発が1時間半遅れました。
 これまでにさまざまな理由で出発の遅延を経験していますが、緊急着陸する飛行機があるといわれたのは初めてです。それでも40分くらいが過ぎたところで、その飛行機は無事に着陸したというアナウンスがありました。
 ところが一向に飛ぶ気配がありません。しばらくするとまたアナウンスがあって、管制塔からは離陸の許可がおりているものの、先に16機ほど離陸する飛行機があるのと、着陸する飛行機もかなりあるのでさらに30分はかかるとのことでした。
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 これで結局1時間半の遅れです。この時点で、予定した乗り継ぎ便には乗れないと諦めました。ところが、予定より1時間10分早くワシントンD.C.に着きました。残された猶予は1時間と少々です。イミグレーションは20分で通過できました。ところが、イミグレーションを出て唖然としました。
 バゲージを受け取ったひとが長蛇の列を作っていたのです。これでは税関にたどり着くまでにどのくらいの時間がかかるかわかりません。この時点で、「ぎりぎり間に合うかな?」というはかない望みは捨てました。

 ここ何年もアメリカでトランジットしたことがなかったので、よもやこんなに混むものとは想像もしていませんでした。このスケジュールだって、いつもチケットを頼んでいる旅行社が出してきたものですから、大丈夫なんだろうと思っていたんですね。
 税関を通ったところでフライトの時間は過ぎました。乗り継ぎ便に間に合わなかったひとが、ほかにも沢山いたと思います。バゲージを再チェックインするところも大混雑で、それを終えて、ようやく乗り継ぎ便のカウンターに行くのですが、すでに定刻から20分が過ぎていました。それでも、あの大混雑と大混乱を1時間20分で乗り切れたのはびっくりです。
 ゲートに行くと、飛行機はまだ飛ばずに待っていました。同じスケジュールのひとが何人もいたんでしょう。結局、こちらも1時間遅れでJFKに飛び立ちました。
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 パイロットは1時間16分の飛行時間を40分にすると張り切っています。やってもらおうじゃありませんか。もう、ここまでくればどうでもいいです。結局50分くらいでJFKに着いたでしょうか。夕方の6時半に到着の予定が、なんだかんだいって7時にはタクシーに乗っていましたから、結果を見ればそれほど悪くはなかったですね。

 不思議だったのは、成田の出国手続きです。GW初日のはずなのに、列が3列しかなくて、どれも5人しか並んでいません。これまで100回くらいは成田で出国手続きをしていますが、こんなにガラガラだったのは初めてです。しかも、それが一番混むような日なのに、です。

 無事、ニューヨークに着いたということで、夕食はしゃぶしゃぶを食べました。肉好きですが、いまはかなり食べる回数を減らしています。野菜をなるべく沢山食べるようにしているので、お肉が食べたいときはしゃぶしゃぶ、それも赤味の肉を注文するようにしています。
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 今日行ったお店は、前回来たときに知った新しい日本レストラン「Kamui Den」です。店名は白土三平の「カムイ伝」のことなんでしょう。場所は186 Avenue Aで11丁目と12丁目の間にあります。
 アヴェニューAは、ぼくが住んでいたころは物騒なエリアでした。そんなところに行ったら、無事に帰ってこれるかどうかわからないといわれていた禁断の地です。それがいまでは、かなり賑わうようになりました。
 「Kamui Den」はそんなに高級なお店じゃありませんが、ちょっと洒落ていて、こういう雰囲気のレストランは絶対イースト・ヴィレッジで流行ります。前回はオープンしたてだったため、それほど混んではいませんでした。ところが今日は土曜ですし、お店に入った時間も9時を過ぎていましたから、ほぼ満員です。
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 肝心な味も悪くありません。お肉はちょっと脂味がありましたが、そこは整形外科医ですから(?)、脂のところは細かく取り除いて食べます。

 アパートに戻ったらニュースでヤンキースが勝ったことを報じていました。井川が途中から投げたんですね。トーリ監督やジアンビーなんかの井口に関するインタヴューも交えて、井川のことを10分くらい特集していました。
 今回のニューヨークは、いつものことですが、音楽の仕事は何もしません。ダラダラ、気の向くまま1週間を過ごして帰ります。DVDもいろいろ持ってきましたし、本も何冊かあります。『愛しのジャズメン2』の初稿がちょうど昨日届いたので、それを読みながら、あとは来年出版を予定している大作の下準備にでも取り掛かろうかとは思っています。
 ぼくの場合、音楽は仕事と思っていないので、この程度のことをやっても、「何もしません」の範疇に入ります。何もしなくてもなるべく毎日ブログを書きますので、暇なかたはおつき合いください。
 では、では。
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by jazz_ogawa | 2007-04-29 13:21 | NY Mapができるまで | Trackback | Comments(8)
 これからニューヨークに行くところですが、そのニューヨークに住むボブ・ベルデンからとんでもない写真とメールが届きました。いつの間にかこんなこと、してたんですね。この写真を見て胸をときめかすひとはかなりのマイルス通です。で、以下の情報を見てぶっ飛んだひとも、マイルス通のなかのマイルス通でしょう。

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 Bob Belden, Pete Cosey, Michael Henderson, Adam Holzman(from left to right)
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 Michael Henderson
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 Pete Cosey
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 Badal Roy(left), Yusuf Gandhi

 それにしても、マイケル・ヘンダーソン、ピート・コージー、バーダル・ロイとは。よくぞ集めたものです。さすがボブ!


Dear Takao,
This is the basic info on the project.

The label does not have a deal for distribution in Japan.
We have not presented the project as of yet. It needs to be completed.

There is no 'leader', just musicians......
I'm pushing for a 2-CD set.....
bb


Produced by Bob Belden, Louis Banks and Yusef Gandhi

Louis Banks: Keyboards/Arranger/Producer
Gino Banks: Drums
Ravi Chari: Sitar
Vikku Vinayakram: Ghatam
Selva Ghanesh: Kanjira
Brij Narain: Sarod
Sridhar Parthasarathy: Mridangam
Taufiq Qureshi: World Percussion
Shankar Mahadevan: Indian Classical Vocals
Dilshad Khan: Sarangi
Kala Ramnath: Carnatic Violin
Rakesh Chaurasia: Flute
A. Sivamani: World Percussion

Adam Holzman: keyboards
Michael Henderson: bass
Pete Cosey: guitar
Badal Roy: tablas

to be added in May:
Dave Liebman: soprano sax
Chick Corea: piano
Ron Carter: bass
Robert Irving III: keyboards
Benny Reitveld: bass
Jack DeJohnette: wave drum

waiting to confirm:
Kenny Garrett
Gary Bartz
Mike Stern

and a few others.....

Label: Times Square Records in Manhattan

Concept: record Miles Davis music with some of the best Indian classical and jazz musicians with alumnus of the various Miles Davis groups from over the years. Recorded in Mumbai and New York as well as other cities in the US.

release date: Fall 2007

Songs:
"All Blues"
"So What"
"Blue In Green"
"In A Silent Way"
"It's About That Time"
"Miles Runs The Voodoo Down"
"Spanish Key"
"Great Expectations"
"Ife"
"Mtume"
"Jean Pierre"
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by jazz_ogawa | 2007-04-28 10:34 | 平凡な日々 | Trackback(2) | Comments(7)
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 今日も雑誌の紹介をさせてください。。昨日発売された『月刊PLAYBOY』(6月号)は久々のジャズ特集号でした。今回は企画の段階から相談されていたので、いろいろなところでかかわっています。このような内容です。

  「第1回PLAYBOYジャズ大賞決定!!」
  「座談会:日野皓正×中平穂積×小川隆夫 日本はジャズ天国だ!」
  「村上春樹とジャズと港町」
  「JAZZフェスティヴァルが呼んでいる」
  「中上健次が論じたジャズ」
  「PLAYBOYのジャズ検定」
  「ジャズ100年のベストはこれだ!」
  「来日ジャズの巨匠たち」
  「別冊付録:究極のジャズ・ハンドブック」
    北海道から沖縄まで 日本全国ジャズスポット55選
    日本が生んだJAZZ名盤30
    今、和ジャズ復刻盤が熱い!
    

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 一番大きなものは、日野さんと中平さんの3人でやった座談会です。ブログにも以前書きましたが、2月に銀座で「ONGAKUゼミナール」を終えてから、急いで会場の新宿に駆けつけました。場所はジャズ・バーの「Who's Who」。昨年まで中平さんが経営していた「DUG」が、内装もそのままでオーナーが代わってこの店になったものです。

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         雑誌掲載の写真とは別ヴァージョンです

 お互いに共通の体験を持っている1960年代の東京、それも新宿周辺を中心にしたジャズ状況みたいなものを3人で話しました。日野さんはミュージシャンとして、中平さんはジャズ喫茶やライヴ・ハウスの経営者として、そしてぼくはファンとして、それぞれの視線で見ていた、体験していたジャズについての話が中心です。
 これは楽しかったですね。座談会ということを忘れて、みんなで四方山話をしていたらあっという間に2時間以上が過ぎていました。ぼくが一番若造ですから、聞き役(?)に回っていたのですが、知らないこともたくさんあって、貴重な時間を過ごすことができました。

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 今回の特集でもうひとつのメインがアンケートによる「第1回PLAYBOYジャズ大賞」です。それに付随して「ジャズ100年のベスト」というのも選出しました。
 「ジャズ大賞」は、選考委員15人で選んだものです。ただし勝手に選んでくださいとお願いしても無理なので、基準となるノミネート作品をまずは決めることにしました。その選定にも少しかかわっています。
 部門は3つあります。「PLAYBOY JAZZ大賞(海外部門)」、「PLAYBOY JAZZ大賞(国内部門)」、「PLAYBOY JAZZ大賞(リイシュー・発掘音源部門)」で、受賞作品はそれぞれ『パット・メセニー&ブラッド・メルドー/メセニー・メルドー』、『上原ひろみ/タイム・コントロール』、『ウエザー・リポート/フォアキャスト:トゥモロウ』になりました。ぼくが投票したのもこれら3枚だったので、ぼくの好みや感性も特別変わっていたり、皆さんとずれているわけじゃないと安心しました。
 へそ曲がりで、ひととは違うことをわざとやりたがるぼくですが、こういうときはいたって真っ当なものを選びます。奇をてらうのは好きじゃないんです。ひとと違うことをするのと奇をてらうことは似て非なるものじゃないでしょうか。脱線しました。話を戻しましょう。

e0021965_23143366.jpg 「ジャズ100年のベスト」は「50人のジャズ通が選んだ永遠の名盤」ということで、「個人的な好みを優先させるか客観的な評価を優先させるかで迷ったが、結局はあらゆる作品を聴いているわけでないため、史的に重要と思われる作品から自分の好きなものを選んでみた。それがこの5枚です」というコメントをつけて、この5枚にしました。








  1位『マイルス・デイヴィス/カインド・オブ・ブルー』
  2位『スタン・ゲッツ/ゲッツ=ジルベルト』
  3位『クリフォード・ブラウン/ウィズ・ストリングス』
  4位『ルイ・アームストロング/サッチモ・アット・シンフォニー・ホール』
  5位『ソニー・ロリンズ/サキソフォン・コロッサス』

 結果は1位がぼくと同じで『カインド・オブ・ブルー』でした。

 残りは書き原稿です。

e0021965_23145425.jpg 「来日ジャズの巨匠たち」という読みものでは、アート・ペッパーを担当しました。ジョン・コルトレーン、マイルス・デイヴィス、ビル・エヴァンスなどはほかのひとが書いています。これはエッセイみたいなもので、ペッパーが初来日したときの感動を綴ってみました。
 麻薬の逮捕歴があったペッパーは、絶対に来日できないと思われていました。その彼が1977年にカル・ジェイダー・グループの一員として日本の土を初めて踏みます。ほとんど前宣伝もされていなかったため、会場となった「郵便貯金ホール」はがらがらでした。しかし集まったお客さんは万来の拍手でペッパーを迎えます。そのときの、拍手が鳴り止むまでただただ立ち尽くすしかなかった彼の姿をぼくは一生忘れないでしょう。

e0021965_23151527.jpg あとは別冊「究極のジャズ・ハンドブック」用の原稿です。「北海道から沖縄まで 日本全国ジャズスポット55選」の副題がつけられていますが、そのメイン原稿ではなく、担当したのは「日本が生んだJAZZ名盤30」というおまけのようなものと、「今、和ジャズ復刻盤が熱い!」です。
 日本のジャズは得意中の得意なので、こういうのは楽ですね。それにしても、「和ジャズ」があちこちで話題になっているのはいいことだと思います。これによって、埋もれた作品が再び陽の目を見る機会も増えています。1950年代から70年代くらいにかけて作られた邦人ミュージシャンによる作品のことですが、いま聴くと、リアルタイムで聴いていた作品については、そのときより楽しめる作品も少なくありません。

 一般誌の中で『月刊PLAYBOY』は格別にジャズへの愛情が深い雑誌です。ほかの一般誌もジャズ特集をしますが、それらは気まぐれというか、「たまにはジャズもいいか」みたいな発想で組まれています。ところが『月刊PLAYBOY』はコンスタントにジャズ特集をしてきました。ジャズ・ファンとして、そしてジャズに携わっているものとして、これほど有難いことはありません。
 これまで『月刊PLAYBOY』が組んできたジャズ特集は、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンス、ブルーノートと、アーティスト個人かレーベルに的を絞ったものでした。今回はそうしたことから離れた初の試みです。これが吉と出るか凶と出るかはわかりません。
 しかし「PLAYBOY ジャズ大賞」を制定したからには、これからもジャズ特集は組んでいくことになるでしょう。ジャズ特集をしない雑誌が「ジャズ大賞」を選ぶことはできませんから。そういうわけで、ぼくは今後の『月刊PLAYBOY』にこれまで以上の期待を寄せています。せっかく始めた「大賞」です。1回で終わってしまったらみっともないじゃないですか。
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by jazz_ogawa | 2007-04-26 23:29 | Works | Trackback(2) | Comments(20)
e0021965_2339424.jpg しばらく前に報告した『Z』の取材ですが、本日発売の6月号(第4号)に掲載されています。最後のほうの「オシャレZ(ジー)ファイル」というページです。1ページで、写真が半分近くを占めているので、たいしたものじゃありません。ファッション雑誌ですから、それ用のインタヴューというか、ぼくのコメントが紹介されています。
 こういう形で紹介されるのは複雑な気持ちです。自分の存在は知ってほしいけれど、目立ちたくない気持ちも同じくらいあります。ですから、嬉しいような恥ずかしいような、相反するふたつの思いが入り混じっています。
e0021965_23405894.jpg でもどんな形であれ、取り上げられるのは悪くないんじゃないかな、と思います。世の中で、ぼくを紹介したいひとなどまずいません。ジャズなんて、一般的に見たら超マイナーな世界です。ジャズ・ミュージシャンならいざしらず、裏方のひとりに過ぎないぼくですから、紹介してくれるひとがいるなら、こんなに嬉しいことはありません。

 この『Z』、自分の年齢を改めて考えさせてくれた雑誌でもあります。取材に先立って送られてきた『第3号』をぱらぱらと眺めていたときです。相続に関するコラムが目につきました。「生前贈与についての知恵」みたいな内容です。
 母親が高齢のため、ぼくも相続について考えるようになりました。それで読み始めたのですが、しばらく読んでいるうちに何かが違うことに気づきました。そこには「自分の子供に生前贈与するメリットとデメリット」が書かれていたのです。
 ある意味、ショックでした。自分を相続する側としか考えていなかったからです。そりゃぁ、漠然と、自分が死んだらレコードやニューヨークのアパートはどうなるんだろう、いまのうちにきちんとしておかなくちゃ、なんていうことは考えていました。でも、まだ相続する側だとばかり思っていたんです。

e0021965_23411892.jpg 「55歳以上限定」をうたい文句にしているのが『Z』です。ぼくはかろうじて資格があります。面白いのが表紙と目次です。登場する人物の年齢が名前のあとにクレジットされているからです。ぼくのところにもちゃんと年齢が書かれていました。
 『Z』は、歳を取ったことを誇りにしている雑誌と受け止めました。歳を取ったからできることもあるし、楽しみもある。それを堂々と、むしろ自慢げに追求している姿勢は好ましく思います。これは、「この歳になったら自慢のひとつやふたつはなくちゃ」というぼくの考えとも一致します。

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 ページに使った写真はこれをトリミングしたものです


 ところで『Z(ジー)』とは「お爺さん」に引っ掛けた駄洒落です。この雑誌によれば、自分の生き方をきちんと身につけている「お爺さん」を、尊敬の念を込めて「Z」と呼ぶそうです(たぶん、そんな趣旨だったと思います)。
 それで、粋なお爺さんを『Z』では「粋Z」と呼びます。このネーミング、朝日新聞の日曜版に、どなたかが「ちょい悪おやじの二番煎じで、ちょっとあきれた」みたいなことを書いていました。ぼくも同感です。
 昔のコマーシャルですが、インスタント・コーヒーのキャッチコピーに「違いがわかる男」というのがありました。覚えていますか? このコマーシャルを見るたび、ぼくは条件反射のように「違いがわかる男ならインスタント・コーヒーは飲まないよな」と思ったものです。それと同じで、「粋な爺さんはこういう雑誌を読むかなぁ」と疑問は感じています。
 こんなことを書いてしまいましたが、『Z』の編集部ならびに編集者の皆さん、ごめんなさい。他意や悪気はまったくありませんから。インスタントコーヒーのことを書きたいがために、引き合いに出しただけです。一度でもぼくのことを取り上げてくれた雑誌は、生涯、応援し続けますから。そこらへんは義理堅いです。だって、これだけ『Z』とかけば、いい宣伝になったでしょ?
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by jazz_ogawa | 2007-04-24 23:49 | Works | Trackback(1) | Comments(17)
 しばらく前に、ある方から非公開コメントで、「来日しているスティーヴィー・ワンダーのエンジニアが小川さんとコンタクトを取りたがっている」とのメッセージをいただきました。スティーヴィー・ワンダーには思い当たる節がありません。何だろうとさっそくコンタクトを取ってみました。

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 この人物はダニー・リークといって、スティーヴィーのアシスタント・エンジニアでした。ぼくがプロデュースした『ESP』をアメリカでリリースすることにについて相談したいとのことです。
 『ESP』はこのブログでも紹介したことがありますが、マイルス・デイヴィスのグループに在籍したボビー・ブルーム、ロバート・アーヴィング三世、ダリル・ジョーンズの3人と、カーティス・メイフィールドのバック・バンドで活躍したドラマーのトビー・ウィリアムスが結成したグループです(写真右から)。
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 1992年にシカゴで録音していますから、15年前の話です。いまごろどうして? と思ったのですが、ダニーによれば、リーダー格のアーヴィングがニュー・レーベルを作ったので、そのレーベルから出せないものかとの打診でした。
 アーヴィングとは10年くらい話をしていません。数年前にぼくは引っ越したので、彼からコンタクトが取れなくなっていたんですね。ニューヨークのアパートに電話してくれればすぐにコンタクトが取れたのに、そこまでは考えが及ばなかったようです。
 その晩、さっそくシカゴからアーヴィングが電話をかけてきました。それでわかったのは、彼が新しいレーベルを作ったこと、そしてそのレーベルから『ESP』を出したいこと、それについてはキーボードの音を今風のものに入れ直して、ヴォーカル・トラックも新しいものに差し替えたいとのことでした。
 そういう操作をするには、マルチで録音したマスターテープが必要です。ビジネス面での交渉は別にして、マスターテープの所在を確認したということで、ぼくに連絡をしてきたわけです。

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 アルバムの背景を紹介しておきましょう。『ESP』は、パイオニアLDCのグラスハウスというレーベルからリリースされました。パイオニアLDCは映像が専門ですが、たまたまたスイングジャーナルの編集者だったひとが、LDCの製作部門に転職したんですね。それで、ジャズ系のCDが作りたくなったんでしょう。
 そのことで相談を受けたぼくは、最初、アメリカ人のプロデューサーを何人か紹介しました。しかしどうもLDC側の意にかなわなかったようで、結局ぼくがプロデューサーに任命されました。このレーベルは2年ほどしか存続しなかったのですが、その間に10枚弱のアルバムをリリースしています。そのなかのひとつが『ESP』でした。
 そういうわけで、マスターテープはLDCが保管しているはずです。ところがLDCは、その後にジェネオンミュージックエンタテインメントと社名を変え、元スイングジャーナルの社員もずいぶん前に退社してしまい、現在グラスハウスにかかわっていたひとはひとりもいません。
 そこで知り合いのジェネオンのディレクターにこの話をして、マスターテープを探してもらいました。しかし答えは「見つからない」です。引越しをしたり、管理体制が変わったりして、どこかに紛れ込んでいるのかもしれません。
 アーヴィングにこの経緯を話して、この件はペンディングというか、引き続きジェネオンには探してもらうことで、ひと段落がつきました。

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 そして、先日です。アーヴィングが作ったレーベル、Sonic Portraitsのパートナーであるスティーヴ・ヘルパーンが来日しました。このレーベルは、アーヴィングとぼくの大好きなドラマーのテリ・リン・キャリントン、それとステーィヴが共同経営者のようです。
 第1弾が3月に出たアーヴィングの新作『New Momentum』で、2作目が5月に出るテリの新作だそうです。そのラインアップに『ESP』のニュー・ヴァージョンを加えたいとのことでした。ジェネオンのひととも会ったようですし、本気でこのアルバムをアメリカで出したがっている様子でした。
 彼と話しているうちに、ひとつの可能性を思い出しました。ひょっとしたら、マスターテープはシカゴのスタジオに残されたままかもしれません。
 ぼくの仕事は、レコーディング後にミックスダウンとマスタリングを行ない、完パケの状態になったテープをLDCに渡すことです。マスターテープの管理や日本への配送はぼくの業務に入っていません。それを担当したのは、当時アメリカに駐在していたLDCの社員か、コーディネーションを担当した方です。彼らが日本に送り出したかどうかは未確認です。
 LDCのために行なったほかのレコーディングで、こんなことがありました。4年も5年も経ってからのことです。そのときに使ったニューヨークのスタジオから、ぼくのところに「保管してあるマスターテープを引き取ってほしい」と連絡があったんですね。LDCは制作会社でもあるのですが、配給会社的な感覚が強くて、マスターテープのことまであまり気が回っていなかったことはたしかです。
 本来は所在をきちんとすべきですが、そこがずさんでした。そういうわけで、ひょっとするとシカゴのスタジオに置き去りのままかもしれません。でも15年が過ぎていますから、そうだとしたら処分されている可能性もあります。
 スティーヴには、シカゴのスタジオにも連絡してみるよう、話しました。でも、見込みは薄いでしょう。ぼくの手元には完パケになったマスターテープのコピーがあります。現在の技術を使えば、これを用いてある程度のことはできます。
 ただし、プロデューサーとしてひとことスティーヴには話しておきました。オリジナルのサウンドを作り直すのは、あまりいいこととは思えない、と。これはアーヴィングにも電話で話しておいたことです。
 『ESP』は、いま聴いてもかなりの出来だと思っています。ぼくとしては、オリジナルの形で出してほしいと思うのですが、アーティストにしてみれば、いろいろ直したいところがあるのでしょう。彼らがどういう結論を出すのか、それも楽しみです。
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by jazz_ogawa | 2007-04-22 11:23 | Works | Trackback | Comments(6)
 まずはお知らせから。
 前々回のブログに、次回の「ONGAKUゼミナール・駒場東大前」は5月19日と書きました。ところがお店はただいま休業中だそうです。リオープンは6月になってからとのことなので、5月の「ゼミナール」は6月以降に延期します。日時が決まりましたらお知らせしますので、よろしく。
 なお、5月26日の「ONGAKUゼミナール・銀座」は予定どおりの開催です。こちらはおかげさまで定員になったそうです。でも毎回キャンセルが出ますので、興味があるかたはHKO商会イベント運営委員会matc@wind.sannet.ne.jpに連絡してみてください。

 それでは嬉しい報告をふたつ。

【その1】
e0021965_1953985.jpg 昨年11月に全音楽譜出版社から発刊した『スタンダード・ジャズのすべて大事典 ベスト850』の増刷が決まりました。大判で価格も3100円と少々高いし、重いし、いわゆる読み物ともちょっと違います。読んでもらえれば価格以上の内容であることは自負していたのですが、そういうこともあって、内心は「どうかなぁ」と思っていました。
 版元の担当者からは、「わが社で永遠のベストセラーになります」といわれていたので、いずれ増刷になるとは思っていました。それが、思いのほか早く初版の部数をほぼ売り切ったようです。1週間ほど前に、あと80冊くらいしか残っていないと聞かされたときはびっくりでした。
 このブログをお読みのかたにもお買い求めいただきました。どうもありがとうございます。ジャズ本は押しなべて売れません。その中で増刷になるのはありがたいことです。
 以前に比べると、いろいろな出版社がジャズ本にはおよび腰になっています。増刷になることはもちろんぼくにとって嬉しいことですが、同業者にも少しはプラスに働くのじゃないでしょうか。いま現在どのくらいのひとがジャズ本を出しているかはわかりませんが、みんなで少しずつ実績をあげていければ、もっと多くの筆者に門戸が開かれると思います。
 以下は、出版社の宣伝文句です。そのままペーストしておきます。

スタンダード・ジャズのすべて大事典―ベスト850
単行本:389ページ
出版社:全音楽譜出版社(2006/11/21)

850曲掲載──プレイヤー&リスナー必携のガイド
セッションやレコーディングで取り上げられることの多いスタンダードを850曲厳選!
1988年の発行以来、多くのプレイヤーに支持されてきたロング・セラー曲集『スタンダード・ジャズのすべて』の新版の曲目に準じ、ジャズ・ジャーナリスト・小川隆夫が著した楽曲解説事典
■歌詞の内容や曲のなりたち・誕生秘話などを紹介した『解説』→どんな楽曲かわかる!
■作詞・作曲・発表年・初演を網羅した『楽曲データ』→曲の出典がわかる!
■模範演奏となる名演を収録した『推薦盤』→聴くべきアルバムがわかる!

ステージでのMCネタやレパートリーを広げる際の参考書、また、曲から選ぶ名盤指南書等、あらゆる場面で役立つスタンダード・ナンバーの徹底ガイドです


【その2】
e0021965_196497.jpg 同じく全音楽譜出版社から2005年に出した『マンハッタン・ジャズ・カタログ』がANAの機内誌『翼の王国』(4月号)で紹介されました。今月いっぱいANAの旅客機に備えつけてあるそうです。機会があれば、ぜひご覧になってください。

 ジャズシティ、マンハッタンを歩き回り足で稼いだ情報満載の使える良書――ジャズの世界に聖地があるとすれば、それはやっぱりマンハッタン。『ヴィレッジ・ヴァンガード』や『バードランド』ほか、もはや伝説ともいえるライヴハウスのみならず、小さなライヴハウスやバー、CDショップから楽器店、書店まで170軒以上(小川注:実際は280軒です)ものジャズ・スポットの詳細なデータを、みずからの足を使って情報収集した著者の情熱には脱帽させられる。ディープなジャズ・ファンでなくとも、ニューヨークで本場のジャズを聴いてみたくなったなら『マンハッタン・ジャズ・カタログ』。

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 嬉しいのは、以上のような紹介とともに、一番大きく扱われていたことです。これで売れてくれれば文句なしですが、そこまでは期待しません。
 それで、これも何かの縁と、『翼の王国』について調べてみました。この雑誌、発行部数と閲読者数がすごいです。以下にデータとコメントをペーストしておきます。

e0021965_1981662.jpg★データ
全日空機内誌/『翼の王国』
発行部数:840,000部
発行回数:月刊
体裁:A4判変形
ページ数:156ページ

★コメント
皆さんは飛行機に乗ったら何をするだろう。音楽を聴く、読書をする、ひたすら睡眠をとる……機内での行動に制約がある限り、機内誌がなくなることはないだろう。『翼の王国』の発行部数が84万、月間の閲読者が146万という驚異的な数字は、この機内誌という特殊なメディアの性格によるものなのだ。それにしても84万部はすごいと言わざるをえない。新聞はともかく、雑誌でこの数字をクリアしているのは、一部のテレビ情報誌と一握りの漫画雑誌しかないのである。

 146万人の1パーセント、いや0.1パーセント、いやいや0.01パーセントのひとが『マンハッタン・ジャズ・カタログ』を買ってくれたら万々歳なのですが、やっぱり無理でしょうね。マンハッタンの紀伊国屋でも売っていますので、現地調達もできるのですが。
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by jazz_ogawa | 2007-04-19 19:11 | Works | Trackback(1) | Comments(18)
e0021965_237353.jpg この映画、見た目の派手さは別にして、内容に重いものがありました。こういう映画、好きですね。宝石業界の裏を暴いた話ですが、関連業界からよく横槍が入らなかったものだと思います。それとも実際は大変だったのでしょうか?
 ディカプリオがよかったです。しばらく前に観た『ディパーテッド』は、ストーリーも彼もいいとは思いませんでした。これまでもディカプリオが出た映画はたいていが期待はずれで、まあまあ面白いと思ったのは『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』ぐらいで、『アヴィエイター』もがっかり物でした。もっとも話題になった映画をときどき観ているだけなので、偉そうなことはいえないのですが。

 それで、この映画です。ぼくはすっかり見直しました。というか、ディカプリオもそれなりの年齢になってきたんだということでしょうか。それでも、ただ年齢を重ねればいいというものじゃありません。どういう歳の取り方をしていくか。それが役者なら演技に出てくるでしょうし、ミュージシャンなら音楽に現れてきます。そういう意味で、それなりにいい歳を取ってきたと感じました。

e0021965_2372894.jpg 憂い顔のジョニファー・コネリーも好みです。華やかさには欠けますが、こういう役にはぴったりでした。大好きな『ワンス・アポン・ア・イン・アメリカ』に出ていた少女ですよね。こんなになっていたんだという驚きと懐かしさを感じながら観ていました。あれから何年が過ぎたんでしょうね?

 今年のアカデミー賞で5部門にノミネートされたのも頷けます。主演男優賞(レオナルド・ディカプリオ)、助演男優賞(ジャイモン・フンスー)、あとは編集賞、音響効果賞そして録音賞ですが、納得です。
 それにしても、悲惨な映画です。いかなる主義や主張も、内戦という形で肯定されるとは思えません。同じ民族が、そして兄弟や家族が敵同士になって殺しあう現実。ダイヤモンド発掘の実態とそうした政府対反政府の争いなどが軸になって話は進んでいきます。
 現実を知らないぼくには、戦闘シーンがどれだけ真実に近いのか、あるいはまったくのフィクションなのか、わかりません。ですが、少なくとも無益な殺戮がアフリカ、そしてこの映画とは関係ないですが、世界中のあちこちでいまも行なわれていることは真実です。そういう不条理についても、改めて考えさせられました。

e0021965_2375125.jpg ぼくが一番心に残ったシーンは、親しくなった女性ジャーナリストのマディー・ボウエン(ジェニファー・コネリー)を残して、発掘場にダニー・アーチャー(ディカプリオ)とソロモン・バンディー(ジャイモン・フンスー)が向かう場面です。

e0021965_23855.jpg バンディが隠したダイヤにたどり着くためには、さまざまな困難が待ち受けています。生きては帰って来れないかもしれない。そう思い、アーチャーはボウエンを安全な地に向かう飛行機に乗せます。
 このとき心に浮かんだのが南佳孝さんの「冒険王」でした。こちらは『インディー・ジョーンズ』あたりをヒントに歌詞が書かれたのでしょう。聴くたびにほろりとさせられる「冒険王」の歌詞とメロディが、このシーンから映画が終わるまで、ずっとぼくの心に浮かんでいました。

 密林に浮かぶ月
 川岸の野営地で
 手紙を記すよ

 「元気だ」と書きながら
 もう二度と逢えぬかも
 知れないと想う

 伝説の魔境に
 明日旅立つ

 古い地図を胸に抱いて
 黄金卿(エルドラド)探す

 君を愛してる
 わかるだろう
 もしも帰れなくても
 泣かないでくれよ

 黒豹の瞳が
 闇を走る
 案内人(ガイド)さえも震えあがる
 禁断の国へ

 君を愛してる
 わかるだろう
 もしも帰らなければ
 忘れてくれよ
 忘れてくれよ
(作詞:松本隆)

 最後近くにアーチャーがボウエンに電話をかけます。そこからエンド・ロールまでが心に染み入りました。こういう役にディカプリオがよく似合っています。そして、日本に生まれた自分がどれだけ幸せかを思いました。
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by jazz_ogawa | 2007-04-16 23:26 | 映画&DVD | Trackback(1) | Comments(7)
 いつもならその月の最後に総集編を紹介するのですが、今回は現在小僧comのWEBにアップされているエピソードで最終回となりましたので、3月分とその後の2回分を合わせて、ここにまとめて紹介します。
 「愛しのJazz Man」はタイトルも気に入っていますし、まだ書きたいこともありますので、今後は不定期になりますが、こちらのブログで継続していこうと思います。

 4月10日には無事『愛しのジャズメン』も発刊されました。こちらの本はこの連載と若干内容が重なる部分もありますが、基本的には書き下ろしです。それで、宣伝になりますが、ただいま小僧comでぼくのサイン入りの本も扱っています。興味のあるかたはhttp://www.kozocom.com/books/index.htmlをチェックしてください。
 また、版元の東京キララ社でも特典つきの限定版が販売されています。http://blog.dokei.jp/

 5月19日の「ONGAKUゼミナール・駒場東大前」でも、テーマを「愛しのジャズメン・パート2」とすることに決めました。前回は参加者が少なかったし、本もまだできていなかったので、今回もこのテーマがちょうどいいと思います。
 このときまでには河出書房新社から『ジャズマンはこう聴いた! 珠玉のJAZZ名盤100』も出ていると思いますので、内容はこれらふたつの本を掛け合わせたようなものにしようかなと考えています。
 それでは、最後の総集編です。

#034:Kankawa 寒川敏彦(org)
e0021965_10262559.jpg ぼくの世代なら『11PM』というテレビ番組を覚えていると思う。月・水・金が東京の日本テレビ制作で司会が大橋巨泉、火・木が大阪の読売テレビ制作で司会が藤本義一だった。この番組の火曜と木曜のエンディング近くに、あるときからやけに唸り声の大きなオルガン・プレイヤーが登場し始める。
全文はhttp://www.kozocom.com/entertainment/music/a00034.html


#035:Tsuyoshi Yamamoto 山本剛(p)
e0021965_10265075.jpg ぼくが知り合ったジャズ・ミュージシャンの中で、一番古くからつき合いをさせてもらっているのがヤマちゃんの愛称で知られる山本剛さんである。「日本のエロール・ガーナー」などと呼ばれているこのピアニストと知り合ったのは1970年代初めのころだ。
全文はhttp://www.kozocom.com/entertainment/music/a00035.html


#036:Mercer Ellington マーサー・エリントン(orchestra leader)
e0021965_10271375.jpg アメリカのポピュラー音楽史上代表するひとりが、名バンド・リーダーにして名作曲家でもあったデューク・エリントンだ。彼はみずからが率いるオーケストラのために、数千曲ともいわれる作品を残している。ジャズはもとより、ポップ・チューンや宗教音楽、ときにはクラシックの手法にのとった曲まで書いているから、想像ができないほど豊かな才能に恵まれていたのだろう。
全文はhttp://www.kozocom.com/entertainment/music/a00036.html


#037:Benny Carter ベニー・カーター(as)
e0021965_10273337.jpg その年齢にもかかわらず、前向きな姿勢で演奏を続けてきた最高齢のミュージシャンがベニー・カーターだ。1907年生まれの彼は、1990年代になってからも来日公演を行ない元気なところを聴かせてくれた。昔の名声にすがって演奏だけはしているというひとなら、この年齢のミュージシャンもいるにはいる。しかしカーターのようにオーケストラを率いて、いまだに作・編曲もみずからの手でこなしているミュージシャンはほかにいない。その音楽もいまの時代にあって、なお示唆するものが多いのだから驚きだ。いったいカーターの若さはどこからくるものなのか?
全文はhttp://www.kozocom.com/entertainment/music/a00037.html


#038:Billy Eckstine ビリー・エクスタイン(vo)
e0021965_10275366.jpg ミスターBことシンガーのビリー・エクスタインは、マイルス・デイヴィスが世に出るきっかっけとなったオーケストラのリーダーである。1944年、マイルスは高校を卒業して地元のイースト・セントルイスでミュージシャンの道を歩み始めていた。そんなある日、街に彼のオーケストラがやってくる。
全文はhttp://www.kozocom.com/entertainment/music/a00038.html


#039:Hank Mobley ハンク・モブレー(ts)
e0021965_1028188.jpg 幸運なことにハンク・モブレーとは一度だけだが会うことができた。マンハッタンは43丁目の「タウン・ホール」に隣接するニューヨーク大学のクラブ・ハウスでのことだ。
 1985年2月22日。この夜、「タウン・ホール」ではブルーノートの新たな活動を祝うコンサート「ワン・ナイト・ウィズ・ブルーノート」が開催された。出演者のリストには入っていなかったものの、ブルーノートに幾多の名盤を残したモブレーがオールスター・メッセンジャーズに加わって演奏するのでは? という噂も流れていた。
 コンサートで音楽監督を務めるマイケル・カスクーナによれば、モブレーは1970年代初頭に故郷のフィラデルフィアに戻って以降、肺疾患に悩まされ、年に数度の演奏しか行なっていないという。それでも彼からの連絡によれば、この日は久々にニューヨークへやってくることになっていた。体調さえよければステージにあがるという返事も受けていた。
全文はhttp://www.kozocom.com/entertainment/music/a00039.html


#040:Miles Davis マイルス・デイヴィス(tp)
e0021965_1028397.jpg ぼくがジャズに本気でのめり込むようになったのは、マイルス・デイヴィスのレコードを聴いたからだ。それまでにも少しはジャズを聴きかじっていた。ところが高校2年のときにラジオから流れてきた『マイルス・スマイルズ』(ソニー)に心を奪われてしまった。以来、彼を中心に40年、ジャズを聴き続け、いまのぼくがある。
 そのマイルスに初めてインタビューをしたのは1985年のこと。そのときになぜか気に入ってもらえたようで、以来、彼がこの世を去るまでの6年間、東京のホテルやニューヨークのアパート、晩年はホテル住まいをしていたから、セントラル・パークが眺望できるスイート・ルームなどでいろいろな話を聞かせてもらった。
全文はhttp://www.kozocom.com/entertainment/music/index.html
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by jazz_ogawa | 2007-04-14 10:36 | 愛しのJazz Man | Trackback(1) | Comments(12)
e0021965_22515419.jpg 『Z(ジー)』というシニア向けのファッション誌をご存知でしょうか? 去年の10月に創刊された隔月刊の雑誌です。ジャズ・ファンならジョー・ザヴィヌルが表紙の、といえば「ああ、そうか」と思うひともいるでしょう。現在発売中の3号まですべて表紙はザヴィヌルという不思議な雑誌です。しかもファッション誌というのですから、ますますもってよくわかりません。
 創刊号にはもちろんザヴィヌルのインタヴューも掲載されていました。見本として送られてきた最新号(第3号)にはデヴィッド・サンボーンのインタヴューが載っています。知人によれば、ハービー・ハンコックのインタヴューが載っている号もあったといいますから、それが第2号なんでしょう。

 そういう雑誌からの取材依頼ですから、音楽について話を聞かれるものとばかり思っていました。それでお引き受けしたんですが、送られてきた以下の依頼状を見てびっくりです。

 創刊号から連載しているコーナー「オシャレZ(ジー)ファイル」にて、小川隆夫様にインタビューさせていただきたく、御連絡致しました。
取材内容:・ファッションへのこだわり
      例)同世代へのオシャレの提案。現在のファンション観に至った経
        緯。ONとOFFのこだわり。
        ・コレクションについて
        ・仕事観

 これですからね。どうしたらいいんでしょう。ぼくは、自分のことをおしゃれと思っていません。かといって無頓着というわけでもないですが、ファッションへのこだわりはないです。でもいまさら断れないし、ジャズ好きのひとが編集部にいるようなので、取材を受けることにしました。このようにブログねたにもなりますからね。

 掲載誌は24日に発売されます。取材の依頼を受けたのは3日でした。取材日が7日です。おかしいと思いませんか? 隔月刊なのに、ほとんど締切直前になっての依頼です。
 ぼくのようなものに依頼が来たのは、予定していたどなたかがキャンセルか何かされたんじゃないでしょうか? 普通ならもっと早く依頼されると思うんですが。これなら、ぼくに依頼が来たのも理解できます。

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 それで肝心のインタビューです。おしゃれじゃないので、編集者が意図していたこととは違う内容になったと思います。でも、ぼくはそもそもかっこつけの人間ですから、中学のときに早くもアイヴィーに目覚め、アイヴィー・ルックの小道具としてジャズのレコードを小脇に抱えて歩いていたなんていう、いまから考えると赤面の至りの話などをしました。
 そのころは『メンズクラブ』の熱心な読者で、この秋は茶色が流行ると知れば、いち早く茶色のセーターを買っていた中学生でした。当時はおしゃれになりたい、おしゃれをしたい、つまりおしゃれに憧れていたんです。
 大学時代まではファッションのこともそれなりに考えていました。ところが医者になって、一日に何度も手術着に着替える生活をするようになって、どうでもよくなってしまいました。それがずっと続きます。
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 でも、ここしばらくは外見を気にするようになりました。といっても、流行の服を着るとかそういうことじゃありません。歳を取ってくると、いろいろな意味で無神経になりがちです。ひとが見て、みすぼらしい中年や老人にはなりたくないじゃないですか。疲れた中年とか老人も悲しいです。
 これは服装のことも含めて清潔な感じでいたいっていうことです。ですから、見かけと書きましたが、いわゆる見かけだけを気にしているようじゃ駄目なんですね。ぼくが「ちょい悪おやじ」という言葉を嫌うのは、それが見かけのことしかいっていないように思えるからです。
 着るものも含めて、外見っていうのは、実は内面もさらけ出すものじゃないでしょうか。だから「ちょい悪おやじ」が流行っているからといって、急にそんなかっこをしたって、見られたものではないと思います。
 服装というのは、凝っているひとでもぼくのようにそうじゃないひとでも、それまでの人生とか生活の映し鏡になっているはずです。ですから自分の感性や本能の赴くままにほしい服を買って着るぼくですが、そういうことをしても無意識のうちに自分の中にある何かが反映されているに違いありません。
 そしていま目指しているのは、いろいろな意味で不潔な印象を与えない年寄りになることです。靴、シャツの袖とか襟、爪、髪の毛なんかが汚れていたり乱れていたりするのはいやですからね。ぼくの場合は服がどうのこのというのは二の次です。そういうわけで、『Z』的には人選を誤ったかもしれませんね。そうはいっても、ぼくは結局、勝手にこのインタヴューを楽しんじゃいましたが。
 
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by jazz_ogawa | 2007-04-11 23:01 | Works | Trackback | Comments(18)
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