ハリケン・カトリーナがニューオリンズを直撃してからまだ3週間くらいしか経っていないのに、ニューオリンズ出身のドクター・ジョンのステージを観るのはちょっと複雑な気持ちです。独特のだみ声とニューオリンズ・スタイルのピアノが大好きなぼくとしては、落ち込んでいなければいいなぁと思いながら「ブルーノート東京」に向かいました。
ところがこちらの心配をよそに、ドクター・ジョンは元気一杯、いつも通りのご機嫌なステージを聴かせてくれました。バックはギタ~エレクトリック・ベース~ドラムスの3人と、いたってシンプル。全員がニューオリンズ出身で、ベースとドラムスはダウンタウン(黒人)、ギターはアップタウン(白人)出身とのこと。うーん、ちゃんと住み分けができているんですね。と、感心しながらも、みんな大丈夫だったのかなと、ちょっと気になりました。
そう言えば、いつもよりニューオリンズがテーマの曲を多くやっていたように思いましたが、こちらの勘ぐりでしょうか? 定番の「アイコ・アイコ」は歌わず終いでしたが、ハモンドB-3を弾きながらデューク・エリントンの「スイングしなけりゃ意味ないね」をファンク風に料理してみせたあたりにニヤリとさせられました。
ちょっとぶっきら棒な印象のドクター・ジョンですが、実際は気さくなひとです。ぼくは10年くらい前に一度だけインタビューをしたことがあるのですが、そのときもとてもいい感じでした。見た目からはわかりませんが、このひと結構茶目っ気があって、お姉さん子で、甘えん坊のようでした(ぼくより年上のひとに向かって甘えん坊はありませんが)。
曰く、「ドクター・ジョンというのは姉の命名」、「ニューオリンズを出てロスに言ったのは姉が住んでいたから」などなど、お姉さんあってのドクター・ジョンなんですね。独特の衣装もお姉さんのアイディアだそうです。この日も、ピアノの上に小ぶりの骸骨を乗せていましたが、これもお姉さんからのプレゼントだったはずです。
そもそもドクター・ジョンとはどういう意味なんでしょうか? そのことも聞いてみました。ニューオリンズには古くからヴゥードゥー教という密教が伝わっています。本人はヴードゥ経とは無関係ですが、その教祖で秘薬の使い手(メディシン・マン)というコンセプトから、こういう名前と衣装になったそうです。
ぼくはドクター・ジョンになる前の、マック・レヴェナックという本名で活躍していたころからのファンです。16歳でスタジオ・ミュージシャンになった彼は、ニューオリンズのブルースやR&B系アーティストのレコーディングにいろいろと参加していました。独特のピアノ・スタイルは、ニューオリンズ・ピアノの大御所プロフェッショナル・ロングヘアー譲りです。
このピアノが大好きで、彼のソロ・ピアノ集『ドクター・ジョン・プレイズ・マック・レベナック』はいまも愛聴盤の1枚です。
そして最近のお気に入りは、昨年発表した『ニューオリンズ』です。この中の「セント・ジェームス病院」は、ドクター・ジョンのブルージーでジャジーなスタイルが最高の形で花開いた傑作と思っています。
ニューオリンズの災害で、彼も多くのものを失ったり強いショックを受けたことでしょう。しかしそんなことは微塵も感じさせない力強いパフォーマンスを目の前にして、ぼくなりにさまざまな思いが胸の中を去来しました。まさに「カトリーナをぶっ飛ばせ」です。そしてドクター・ジョンのステージは、これまでに何度か観た中でもっとも感動的なものでした。音楽にはさまざまな力が宿っていることを改めて実感した次第です。
追伸:そうそう、明日と言っても、もう今日ですが、朝のInter-FMでもカトリーナ関係の話をします。多分7時20分過ぎに登場します。ほとんどのひとは聞いていないと思いますが、チャンスがあったら76.1まで周波数を合わせてみてください。