昨日(11月6日)は国際フォーラムでソニー・ロリンズのコンサートを聴いてきました。これが日本に来るのは最後とのこと。毎回ロリンズの来日は満員の盛況ですが、今回はあっという間にチケットが売り切れたそうです。11日の追加公演も即ソールドアウトだったらしく、このコンサートに行けたのはラッキーでした。
以前ブログにも書きましたが、ニューヨークの自宅まで押しかけてロリンズにインタビューしたのが8月のことです。これは『月刊プレイボーイ』の仕事で、今回で引退するという話の真相を聞くためでした。それから2ヵ月半、あのときはちょっと元気がなかったロリンズですが、今回は元気一杯、いつも通りの彼でした。
昨年、最愛の夫人を亡くしたロリンズ。彼女が身の回りの世話もビジネスのこともすべて仕切っていました。レコーディングではプロデュースもロリンズと一緒にしていたほどです。彼が引退を口にしたのは、年齢から来る体力の問題もありましたが、一番大きかったのは彼女を失ったことです。
インタビューしたときは、表面は元気にしていましたが、失意のどん底にあったように感じました。無名のころから苦楽を共にしてきた大切なひとがいなくなったのですから、落ち込んで当然でしょう。来日公演に話を向けても、自信がないなどと言い出す始末でした。
ソニー・ロリンズと言えば、100年以上におよぶジャズの歴史の中でも巨人中の巨人です。テナー・サックスの大御所として、数々の歴史的名盤も吹き込んできました。その彼の口から自信がないという言葉を耳にするのはショックです。
しかしロリンズがそう言うのは、彼があまりにも誠実なひとだからです。これまでのキャリアで、ロリンズは3度の雲隠れをしています。最初のときは数ヵ月でしたが、2回目は2年、3回目は3年にわたってシーンから遠ざかっていました。
理由は、高まる名声に対して自分の実力がそれに見合うものでないと考えたからです。すべての仕事を断って、このときは練習に打ち込みました。2回目と3回目は、すでに生涯の傑作と呼ばれた『サキソフォン・コロサッス』(プレスティッジ)を吹き込み、ジャズ界最大のテナー奏者と呼ばれていた時代のことです。それでもそういう風に考えるロリンズの誠実さと生真面目さに、ぼくは尊敬の念を抱きました。
そんなロリンズが、今回で日本公演は最後にするというのです。ぼくは居ても立ってもいられず、マンハッタンから3時間くらい離れたジャーマンタウンに彼を訪ねました。インタビューには予定時間を超過するほど熱心に答えてくれましたが、このときも例の生真面目な性格が顔をのぞかせて、非常に謙虚に、そして赤裸々に自分の気持ちを語ってくれたのです。
そんなことがあったので、果たしてステージでどのようなプレイを聴かせてくれるのか、期待と共に不安もありました。しかし最初の一音を耳にして、ぼくの心配は杞憂だったことがわかりました。次には、世紀の巨匠に対して一抹の不安を抱いたぼくの浅はかさを恥じ入った次第です。
空に向かってサックスを吹くロリンズ
そこには紛れもなくテナー・ジャイアントがいました。音を出すだけで、ひとの心を引きつけて離さない──それがロリンズです。張りも艶も失われていません。これでもかこれでもかと豪快なフレーズを連続させる姿は、大好きな日本と日本のファンとの別れを惜しんでいるかのように見えました。
休憩を挟んでの2時間半。ここ何回かの来日ではもっとも勢いを感じさせるパフォーマンスが満喫できました。何度も拳を握った腕を高く掲げてガッツ・ポーズをしてみせたロリンズ。彼の胸中をよぎったのはどんなことなのでしょう? いつかチャンスがあれば聞いてみたいと思いました。
もう長旅はしんどいとロリンズは言いました。それでも来年のヨーロッパ・ツアーは決まっていますし、アメリカ国内の演奏も回数は減るでしょうが継続されていくようです。お互いに元気なら、またどこかで彼の豪快なブローが楽しめるかもしれません。
東京ではあと1回、そしてそれが最後の日本公演になります。11日のコンサートは昨日のコンサートと同様ぼくにとって大切な財産になることでしょう。