
「めぐろパーシモンホール」には初めて行ったのですが、都立大学の近くにあるなかなか気持ちのいいホールでした。そこで23日に寺井尚子さんの演奏を聴いてきました。新作『夜間飛行』の発売に合わせて行なわれているツアーの東京公演です。ほどよい大きさのホールはほぼ一杯のお客さんで、いい雰囲気のうちにジョビンの「おいしい水」からステージが始まりました。
寺井さんはジャズでは珍しいヴァイオリン奏者。クラシックのイメージが強い楽器を用いて、大胆かつ果敢にプレイするところが好きですね。強力でスピード感に溢れ、緊張感のある演奏。この特徴は新人のころから少しも変わっていません。
女性でヴァイオリン奏者となれば、穏やかで優しい演奏を想像するひとが多いでしょう。ぼくも聴く前はそう考えていました。でも随分前に初めて六本木のライヴ・ハウスで聴いた寺井さんは、サックス奏者が顔負けするくらいばりばりとヴァイオリンを弾いてみせたのです。
可愛い顔をした女性が、むさくるしい男性陣を向こうに回して、一歩もひけをとらないどころか、彼らをノックアウトする勢いでヴァイオリンを弾くのですからびっくりしました。なんと痛快な女性がいることかと思ったものです。そして寺井さんは着実に実力を伸ばし、音楽性を発展させてきたと思います。
ライヴはたまにしか観に行けません。でもリリースされるたびにアルバムを聴いていると、ここ数年で彼女が自分の進むべき方向をはっきりさせたんではないかと思います。豪快なプレイは相変わらずですが、最近はそこに優美な要素を以前よりいい形で表現するようになってきました。このバランスがなかなか難しいところで、ゴージャズな雰囲気を強調してしまうと、ぼくのようなへそ曲がりはちょっと抵抗を感じます。
音楽はあくまでゴージャスなほうがいいんですが、それだけでは物足りないんですね。もちろんばりばり弾けばいいものでもありません。何でもバランスが大事で、寺井さんの演奏は、そんな風に思っているぼくのテイストにぴたりとはまるんです。
ぼくは軟弱な音楽が大好きです。昔からそういう傾向はあったんですが、それがここ10年くらい強くなってきました。別に寺井さんの音楽が軟弱だっていうことではないんですが、彼女の演奏を聴いていて、聴きやすい演奏がやっぱり一番だなんて思っていました。もちろん「聴きやすい=内容のない音楽」ということではありません。内容があって聴きやすい音楽がいいってことです。
話が、今日も変な方向に来てしまいました。ぼくが思っているのは、自分の好きな音楽をとことん聴いていきたいということです。若いひとは他人の意見に左右されるかもしれません。それもいいんです。最初はいろいろなひとの話に耳を傾けることも大切です。
すると、そのうちに自分の好きな音楽がわかってきます。前回書いた「ジャズ(音楽)がわかる」というのはそういうことじゃないでしょうか。
「音楽がわかる」ということは、あるアーティストがやっている音楽、あるいはそのアーティスト自身でもいいのですが、それが「わかる」のではなくて、自分の好きな音楽が何か、それが「わかる」ことだと思います。
ぼくが長い時間をかけて音楽を聴いてきたのも、極論してしまえば「自分の好きな音楽がわかる」感覚を養うことだったのでしょう。
「ジャケ買い」という言葉がありますが、それも同じようなことです。ある程度音楽を聴き込んでくると、ジャケットを見ただけで内容が想像できるようになります。
自分の感性を信じ、耳を信じることです。だって、ひとのために音楽を聴いているわけじゃないんですから。自分が楽しむために音楽は存在するんです。寺井さんのステージを観た帰り、小雨の中を歩きながらそんなことを考えていました。