
前回に続いて、『男の隠れ家』の取材報告です。「ブルーノート」でジミー・スコットの個性的なヴォーカルを堪能したあとは、「けもの道」ならぬ「ミュージシャン道」を通って近くの「ボディ&ソウル」に移動です。
「ミュージシャン道」っていうのは、ブランフォード・マルサリスに教わった抜け道のことです。「ブルーノート」から「ボディ&ソウル」にいくには、通りを先まで行って、少し戻る、みたいな行き方しかできません。ところがあるマンションの敷地を抜けていくと、「ブルーノート」からほぼ一直線で「ボディ&ソウル」に行けます。
誰が見つけたのか知りませんが、「ブルーノート」のステージを終えたあとに「ボディ&ソウル」になだれ込むミュージシャンは結構多くて、そんな中の誰かが発見したのだと思います。

さてこの日は、シンガーでピアニストのグレース・マーヤさんが出演していました。バックのメンバーは、ギターの田辺充邦さん、ベースの鳥越啓介さん、そしてドラムスの大坂昌彦さん。大坂さんとは、去年覗きに行ったクリヤ・マコトさんのレコーディングで会って以来です。休憩時間に久々の挨拶をしましたが、元気そうで、プレイもよかったです。
大坂さんとは、その昔、ぼくが友人と「新宿ピットイン」でプロデュースしていた「ナウズ・ザ・タイム・ワークショップ」以来の知り合いです。無名のあの時代から彼は輝いていて、そのライヴに出てくれたグループをピックアップして作ったオムニバス盤にも入ってもらいました。
脱線しますが、その「ナウズ・ザ・タイム・ワークショップ」では、ウイントン・マルサリスの来日に合わせてトランペット・ワークショップもやったことがあります。ウイントンは結局「ピットイン」に来ませんでしたが、電話越しにそのとき演奏していた原朋直さんのプレイを聴いてもらい、翌日ウイントンのコンサートがあった楽屋で彼を紹介したこともいい思い出です。
それから、ブランフォードが来たときは、サックス・ワークショップを企画し、このときは彼も飛び入りで吹いてくれました。そのライヴのテープを岡まことさんが「バークリー音楽大学」に送ったところ、奨学金がもらえて留学がかなったのもぼくとしては嬉しかったですね。
2年間、月に一度のペースで続けた「ナウズ・ザ・タイム・ワークショップ」にはたくさんの思い出があります。そのことは、いずれどこかできちんと書きたいと思っています。

脱線に次ぐ脱線ですが「ボディ&ソウル」ではグレース・マーヤさんの最初のセットがちょうど始まるところでした。彼女はこれまで2枚だったかな? アルバムを出しています。新宿の「DUG」がクローズするときに、最後のライヴをしたのもマーヤさんでした。そのときのアルバムが2作目ですが、これには日野皓正さんも飛び入りみたいな形で参加しています。
マーヤさんのヴォーカルは、ピアノも同じですが、変な癖がなくてノーブルです。そういうの、ぼくは好きなんですね。日本のシンガーはなぜか妙に崩したり、とんでもないアプローチをしたりするひとが多くて、そこが嫌なところですが、彼女にはそういうところがありません。
ぼくの持論は、本当にうまいひとならストレートにメロディを綴るだけでスイングもすればジャジーにも聴こえる、です。たとえば、シンガーではありませんがクリフォード・ブラウンの『ウィズ・ストリングス』がそうです。よっぽど才能があれば、サラ・ヴォーンやエラ・フィッツジェラルドみたいに原型をとどめないほど崩しても感動を呼びますが、そうじゃないひとがそれを真似したら悲惨なことになります。「ボディ&ソウル」の前に行った「ブルーノート東京」でのジミー・スコットはメロディ・ラインなどお構いなしに独自の解釈で歌っていましたが、彼は別格です。
そういうわけで、初めて聴いたマーヤさんのステージにはとても好感が持てました。それからギターの田辺充邦さん、彼のプレイも好きですね。ぼくは自分でギターを弾いていましたから、どうしても昔の自分に重ね合わせてしまいます。こんな風に弾けたらいいなとか、こんな風に弾けばよかったのかとか、いまでは手遅れですが、さまざまなことを思いながら彼のプレイに釘づけになっていました。

休憩時間に京子ママがハービー・ハンコックやディー・ディー・ブリッジウォーターのエピソードを教えてくれました。こういう話がそのうち何かの役に立つんですね。写真は明かりが足りないので、ぼくの顔が崩れています。
そうそう、昨日とおとといですが、立て続けに新刊の2冊が出来上がってきました。どちらもいい仕上がりに満足しています。1週間後くらいには店頭に並んでいるはずです。見つけたら買ってくださいとはいいませんが、ぜひお手にとってぱらぱらとめくってやってください。