聴いてきました。24日の「ブルーノート東京」と、昨日のホテル・オークラです。
去年の「東京Jazz」のハンクさんも素晴らしかったですが、今回もよかったです。90歳というのにかくしゃくとしていて、タッチによどみがありません。力強さはあまり認められませんが、もともとこのひとは《瀟洒なタッチ》で評判を呼んでいたんですから、年齢を重ねることによってまさに面目躍如のプレイをするようになったと考えてもいいでしょう。
「ミスティ」とか「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」とか、お馴染みの曲のオン・パレードです。難しいことは言いっこなし。こういう洒落たピアノを聴くのもぼくは大好きです。カクテル・ピアノをとても上等にしたような演奏とでもいえばいいでしょうか。
やっぱりハンクさんは凄いなぁと思ったのは「マーシー・マーシー・マーシー」ですね。やや後乗りのアプローチがモダンでかっこいい。こういう演奏ができるところに魅力が集約されているように思いました。
高齢であることを自然に受け入れ、それをさらなる魅力に結び付けている姿は、見ていて心が和みます。これも人柄でしょう。このひと、ステージに出てきただけで優しさが滲み出ています。実際、話をしても穏やかだし真摯だし、それでいてユーモアもあります。接するたび、こんな老人(失礼)になれたらいいなぁと思います。
「ブルーノート」ではアンコールを2回やってくれました。ただし楽屋に引っ込むのが面倒くさいのか、ステージから帰りそうな素振りをしながら、耳に手を当てて拍手の大きさを確認し、ピアノに戻るという、ハルク・ホーガン+ジェームス・ブラウンのようなやり方です。こういうことも、ハンクさんがやれば好感が持てます。
ゲストにTOKUさんを迎えたホテル・オークラでのライヴは「ブルーノート」以上。なにせ休憩なしでほぼ2時間演奏したんですから。アンコールは4回。「ブルーノート」と同じで、帰ろうとしません。最後の2曲はソロ・ピアノで「イン・ア・センチメンタル・ムード」と「ザ・ヴェリー・ソウト・オブ・ユー」。至芸でしたね。枯れた味わいというのがぼくもわかる世代になってきたんでしょう。枯れすぎてカサカサは困りますが、ハンクさんのピアノには適度な潤いがあって、それが味を生み出していました。
手は少々もつれます。でも、ジャズのスピリットは健在です。むしろタッチが弱い分、こちらも一所懸命に聴き耳を立てながら演奏に没入できました。面白いのは没入しているんですが、とてもリックスして聴けるんですね。没入にもいろいろな形があることを知りました。
ハンクさんのような存在は稀有といっていいでしょう。若くて生きのいい演奏も好きですが、こういうしっとりとした、スウィートで洒落ていて心地のいい演奏も得がたいものです。そしてぼくは、どちらかといえばこういう音楽が好きになってきたかもしれません。
とんがったジャズやロックもいまだに「いいなぁ」と思いますが、許容範囲が広くなってきたということでしょうか。まあ、もともとほとんどのものに「いいなぁ」と思うタイプですから、そのあたりはどうなんだか自分でもよくわかりません。
音楽的に新しいものは見つけられなくても、それまでになかった体験はできます。それがハンクさんのライヴでした。ミュージシャンはこうやって、そのときどきで自分のものを出せば、ひとを感銘させることができる。そう思いました。ただし、それはごく一部の優れた才能を授かったひとに限るんでしょうが。ハンクさんもそんなひとりです。ですから、ぼくは彼の演奏をこれからも大切に聴いていこうと思っています。
驚いたのは、ホテル・オークラでの演奏終了後、ハンクさんの希望で、「CDを購入したらサインをします」とアナウンスされたことです。2時間休憩なしで演奏し、そのままサイン会です。ぼくは90歳まで生きるとは思いませんが、その年でニューヨークに行き毎晩ジャズ・クラブを覗くなんて芸当は絶対にできません。恐るべき90歳を目の当たりにして、音楽以外にも思うところがたくさんありました。
そうそう、今年のグラミー賞でハンクさんは「Lifetime Achievement Award」を受賞しています。偉大なミュージシャンの演奏を立て続けに2回聴けたぼくは幸せ者です。