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川隆夫の JAZZ BLOG
Profile

©Kozocom (photo by Shuichi Kasahara)
職業:JAZZジャーナリスト、整形外科医、DJ

ニューヨーク大学の大学院在学中にアート・ブレーキーやマルサリス兄弟など数多くのミュージシャンと知り合う。帰国後、JAZZを中心に約3000本のライナーノーツを手がけると共にJAZZ関連の著書を多数出版。ブルーノートの完全コレクターとしても有名。その他、マイルス・デイヴィスやブルーノートの創始者アルフレッド・ライオンの来日時の主治医を勤めるなど、現役の整形外科医としても第一線で活躍中。

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「証言で綴る日本のジャズ」

「ジャケ裏の真実
ジャズ・ジャイアンツ編」
TALK EVENT■
小川隆夫ONGAKUゼミナール
@銀座le sept
3.19:ジャズメン、ジャズを聴く!


■TALK EVENT■
民音音楽博物館
「3月文化講演会」@神戸
3.26: 関西国際文化センター
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TEL: 078-265-6595

詳細やその他ライナーノーツなどは 「Works & Information」へ>>
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 ハリケン・カトリーナがニューオリンズを直撃してからまだ3週間くらいしか経っていないのに、ニューオリンズ出身のドクター・ジョンのステージを観るのはちょっと複雑な気持ちです。独特のだみ声とニューオリンズ・スタイルのピアノが大好きなぼくとしては、落ち込んでいなければいいなぁと思いながら「ブルーノート東京」に向かいました。
 ところがこちらの心配をよそに、ドクター・ジョンは元気一杯、いつも通りのご機嫌なステージを聴かせてくれました。バックはギタ~エレクトリック・ベース~ドラムスの3人と、いたってシンプル。全員がニューオリンズ出身で、ベースとドラムスはダウンタウン(黒人)、ギターはアップタウン(白人)出身とのこと。うーん、ちゃんと住み分けができているんですね。と、感心しながらも、みんな大丈夫だったのかなと、ちょっと気になりました。
 そう言えば、いつもよりニューオリンズがテーマの曲を多くやっていたように思いましたが、こちらの勘ぐりでしょうか? 定番の「アイコ・アイコ」は歌わず終いでしたが、ハモンドB-3を弾きながらデューク・エリントンの「スイングしなけりゃ意味ないね」をファンク風に料理してみせたあたりにニヤリとさせられました。

 ちょっとぶっきら棒な印象のドクター・ジョンですが、実際は気さくなひとです。ぼくは10年くらい前に一度だけインタビューをしたことがあるのですが、そのときもとてもいい感じでした。見た目からはわかりませんが、このひと結構茶目っ気があって、お姉さん子で、甘えん坊のようでした(ぼくより年上のひとに向かって甘えん坊はありませんが)。
 曰く、「ドクター・ジョンというのは姉の命名」、「ニューオリンズを出てロスに言ったのは姉が住んでいたから」などなど、お姉さんあってのドクター・ジョンなんですね。独特の衣装もお姉さんのアイディアだそうです。この日も、ピアノの上に小ぶりの骸骨を乗せていましたが、これもお姉さんからのプレゼントだったはずです。
 そもそもドクター・ジョンとはどういう意味なんでしょうか? そのことも聞いてみました。ニューオリンズには古くからヴゥードゥー教という密教が伝わっています。本人はヴードゥ経とは無関係ですが、その教祖で秘薬の使い手(メディシン・マン)というコンセプトから、こういう名前と衣装になったそうです。

e0021965_421887.jpg ぼくはドクター・ジョンになる前の、マック・レヴェナックという本名で活躍していたころからのファンです。16歳でスタジオ・ミュージシャンになった彼は、ニューオリンズのブルースやR&B系アーティストのレコーディングにいろいろと参加していました。独特のピアノ・スタイルは、ニューオリンズ・ピアノの大御所プロフェッショナル・ロングヘアー譲りです。
 このピアノが大好きで、彼のソロ・ピアノ集『ドクター・ジョン・プレイズ・マック・レベナック』はいまも愛聴盤の1枚です。
そして最近のお気に入りは、昨年発表した『ニューオリンズ』です。この中の「セント・ジェームス病院」は、ドクター・ジョンのブルージーでジャジーなスタイルが最高の形で花開いた傑作と思っています。

e0021965_424388.jpg ニューオリンズの災害で、彼も多くのものを失ったり強いショックを受けたことでしょう。しかしそんなことは微塵も感じさせない力強いパフォーマンスを目の前にして、ぼくなりにさまざまな思いが胸の中を去来しました。まさに「カトリーナをぶっ飛ばせ」です。そしてドクター・ジョンのステージは、これまでに何度か観た中でもっとも感動的なものでした。音楽にはさまざまな力が宿っていることを改めて実感した次第です。

追伸:そうそう、明日と言っても、もう今日ですが、朝のInter-FMでもカトリーナ関係の話をします。多分7時20分過ぎに登場します。ほとんどのひとは聞いていないと思いますが、チャンスがあったら76.1まで周波数を合わせてみてください。
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# by jazz_ogawa | 2005-09-21 00:02 | ライヴは天国 | Trackback | Comments(2)
 話題の映画『シンデレラ・マン』、観てきました。ボクシング好きのぼくとしては、『ロッキー』以上に迫力あるシーンにまずはびっくり。ジムでパンチング・ボールを打っているラッセル・クロウも見事です。
 内容も感動的。ただしストーリーとしては結末がわかっているだけに、テレビで各界のひとがべた褒めしている宣伝ほどは感動しませんでした。たしかにいい映画ですが、テレビで映画監督や演出家や歌舞伎役者が大絶賛しているほどの映画かと言えば「?」です、ぼく的には。感動に鈍くなってきたのかもしれません。そうだとちょっと困りますが。

 実在のボクサーをテーマにした映画では、マーチン・スコセッシとロバート・デニーロによる『レイジング・ブル』がよかったなぁ。それからテーマは違いますが、去年のアカデミーを取った『ミリオンダラー・ベイビー』のほうが内容に重みはあったよなぁ、などと考えながら帰ってきました。

 しかし昔のマジソン・スクエア・ガーデン(現在はFIT=ファッション・インスティテュート・オブ・テクノロジーになっています)の入り口が正確に再現されていたり、ラッセル・クロウの顔つきが好きだったり、ボクシングのシーンが見応えあったりと、多分ほかのひととは違うところでぼくには満足な映画でした。
 それからマネージャー役のポール・ジアマッティ、彼がよかった。演技もさることながら、アイリッシュのボクサーである主人公に向かって「ダニー・ボーイ」を歌う演出。こういうところにニヤリとさせられます。「ダニー・ボーイ」と言えば、『メンフィス・ベル』でハリーコニック・ジュニアが歌った「ダニー・ボーイ」が最高でした。話が脱線しました。
 『シンデレラ・マン』は家族愛がテーマですが、ぼくはむしろマネージャーとボクサーの男の友情にほろりときたかなぁ、さりげなく表現されていましたが。

 ところでこの映画もそうですが、最近は六本木の「ヴァージンTOHOシネマズ 六本木ヒルズ」で映画を観ることが多くなりました。家から割に近いことと、ネットでチケットの予約ができる利便性に満足しています。
e0021965_3582855.jpg このVITというシステム、もう知っているひとも多いでしょうが、座席が指定で、予約をしておけば確実にすわって観られるというのがいいですね。あと、カードを作ればマイレージ・プラスみたいなものがあったり、6本観ると1本がただになったりとか、いろいろ特典があるみたいです、よくは知りませんが。

 興味がある方はhttp://www.tohotheater.jp/vit/index.html、「ヴァージンTOHOシネマズ」はhttp://www.tohotheater.jp/theater/roppongi/index.htmlをクリックしてみてください。
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# by jazz_ogawa | 2005-09-18 23:54 | 映画&DVD | Trackback | Comments(5)
 待ってましたの新作です。このところライヴ盤やベスト盤が続いて、ストーンズの新曲から遠ざかっていました。ベスト盤の『フォーティ・リックス』に4曲だけ新曲が入っていて、その「ドント・ストップ」がよかっただけに、今回の『ア・ビガー・バン』にはおおいに期待していました。
e0021965_055512.jpg
 最初に聴いた印象は、ストーンズが『スティール・ホイールズ』のころまで誇っていたロック・バンドとしての力を取り戻した、ということです。よかった、よかった。
 とにかくオープニングの「ラフ・ジャスティス」から飛ばしっぱなしです。8年前の『ブリッジズ・トゥ・バビロン』、その前の『ヴードゥー・ラウンジ』(何とあれから11年も経っているんですね)に感じていた煮詰まり感が払拭されて、ストレートなロック、そう、かつてのブリティッシュ・ロックが持っていたシンプルなバンド・サウンドが復活した感じです。
 もちろん「昔の名前でやってます」ではありません。現役ばりばり、もっとも新しいロックンロール、ストーンズにしかできないロックが満載です。バラードもあればファンキーな曲もある。キースが2曲歌っているのも嬉しいことこの上ありません。

 それにしてもミックの存在感は圧倒的です。決して上手くはないヴォーカルですが、何とも言えない味わいが、一層の個性となって迫ってくるんですね。独特の表現力とでも言うんでしょうか。こんな歌を聴かされてしまうと、このひとが過してきた年輪を感じずにはいられません。
 ストーンズの素晴らしさはライヴ感にあると思います。そこが、ビートルズのように作り込まれたサウンドとは違う魅力を生み出してきました。そうしたスタイルが、今回は久々に切れ味鋭い輝きを放っています。
 ストーンズ・サウンドの真髄が聴ける「オー・ノー、ノット・ユー・アゲイン」とか、ブルースの雰囲気に溢れたラストの「インフィニティ」なんか、最高にストーンズしているナンバーだと思います。ボブ・ディランの曲みたいに聴こえる「レット・ミー・ダウン・スロウ」もいいし、バラードっぽい「ストリーツ・オブ・ラヴ」も強い印象を与えてくれます。

 ストーンズ健在はわかっていましたが、これだけ充実した内容のアルバムをつきつけられると、こちらもうかうかしてはいられません。何がうかうかしてはいられないかといいますと、10月3日にワシントンDCで彼らのライヴを観るからです。やりました! ネットで発売日にチケットを買ったんです。
 これまでにもドジャース・スタジアムやマディソン・スクエア・ガーデンで、あるいは日本でも東京ドームや武道館で彼らのライヴは観てきました。いつもコンサート前から胸がおおいに高鳴っていたものですが、今回はこれまで以上に早くもがんがん高鳴っています。それも、この新作を聴いてしまったからです。
 すでに彼らのHPなどでは、全米ツアーの模様がレポートされています。それらを見ても、ストーンズは快調そのものようです。

 こんなアルバムが聴けたりライヴが観れたりするのですから、人生っていいなぁとつくづく思います。ストーンズにしろ、同じ時期にアルバムを出したポール・マッカートニーにしろエリック・クラプトンにしろ、還暦を過ぎたロッカーが元気です。彼らが今後どうなっていくのか、それを見守っていくのも楽しみです。
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# by jazz_ogawa | 2005-09-14 00:13 | MHR | Trackback(2) | Comments(15)
 「朝日カルチャーセンター」で初講師を務めた「小川隆夫のブルーノート・コレクション」が昨日終わりました。3回目の今回は「ファンキー・ジャズをオリジナルLPで聴く」というもの。
 ファンキー・ジャズというのは、なかなか口で説明するのが難しく、とにかくそう呼ばれている音楽を聴くのが一番と、典型的な演奏のいくつかを選んでみました。ただし、「オリジナルLPで聴く」というのがテーマですから、普段はなかなか聴けない珍しいもの、例えばフレディ・ローチだとかジョージ・ブライスなんかの演奏も加えてみました。
e0021965_35333100.jpg またこの日は最後ということもあって、ぼくが所有しているブルーノートの中で一番珍しいレコードも聴いていただきました。『オーネット・コールマン/ザ・タウン・ホール・コンサート』です。これは、ブルーノートがテスト盤まで作りながら発売しなかったといういわくつきの代物。
 ブルーノート・マニアのかたなら、このアルバムがどれだけ珍しいかご存知と思いますが、そうでないかたのためにちょっと説明しておきましょう。ブルーノートはこのレコードを出すつもりでしたが、マスター・テープを持ったマネージャーがお金だけとって消えてしまったのです。そのため、ブルーノートは10枚か20枚のテスト盤を作って、そこで進行がストップしてしまいました。
 その1枚がぼくの手元にあるんですね。いきさつについては別の機会に紹介しましょう。残りのテスト盤がどうなったかと言えば、どこかにあるのかもしれませんが、いまのところ所在不明です。というわけで、ひょっとしたら世界に1枚しかないレコードなのかもしれません。折角の機会だからということで、それをみなさんに聴いていただきました。
 あとはもうひとつ、ブルーノートの創始者であるアルフレッド・ライオンとの出会いや、彼が最初で最後の来日を果したときのお話もさせていただきました。彼の話を知ることが、ブルーノートの素晴らしさを知る最高の方法だと思っているからです。

 そんなこんなで、話が苦手でどきどきしていたぼくですが(結局いまもそうですが)、3週間に1回のペースの講座も、振り返ってみればあっという間に終わった印象です。そこで、最後に参加者と教室で記念撮影したのがこの写真です。みなさん、楽しんでくれたでしょうか?
e0021965_3535336.jpg
 ところで嬉しいことがもうひとつ。この講座が好評(?)だったためか、10月21日と11月25日に続編が行なわれることになりました。今回はブルーノートについての総論的な内容でしたので、次はもう少しアルフレッド・ライオンとアーティスト個人について、ぼくがインタビューしたり接したりしたときの印象などを交え、音と映像で紹介していきたいと考えています。

「小川隆夫のブルーノート・コレクション」
▼日時:10月21日(金) 11月25日(金) 午後7時~8時半
▼会場:朝日カルチャーセンター(新宿) 新宿住友ビル48階 03-3344-5450

 このほかにも10月にはいくつかのイヴェントが予定されています。

「小川隆夫トークライブ at“カフェano ”」
○10月15日(第一夜) ブルーノートの全て
○10月29日(第二夜)マイルス・デイビスの全て
▼両日ともPM7時よりスタート
▼場所:カフェano 東京都渋谷区渋谷1-20-3 03-5467-0861
(青山こどもの城近く、ヒコ・みずのジュエリーカレッジとなり)
▼入場料:1000円

「小川隆夫「ONGAKUゼミナール」第5回」
○「ジャズのたしなみ方~エレクトリック・マイルス(後編)」
▼日時:10月22日(土) 午後9時~11時
▼会場:駒場東大前 「Orchard Bar」 03-5453-1777 
▼入場料:1,500円(1ドリンクつき)

 それから芥川賞作家の平野啓一郎さんとの対談本『TALKIN’ ジャズX文学』(平凡社:1600円)も10月14日に出ますし、それに関連したイヴェントもやるかもしれません。

 今回は宣伝になってしまいましたが、興味があるかたは是非ともよろしくお願い致します。では、また。
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# by jazz_ogawa | 2005-09-10 17:12 | ONGAKUゼミナール | Trackback(1) | Comments(4)
 「あの太ったカメラマン、知ってるだろ? あいつに言っておけ。ひとと握手をするときは手袋ぐらい外すもんだってな」
 あるとき、“ジャズ界の帝王”マイルス・デイヴィスからこう言われました。何のことだかさっぱりわかりません。ただし「太ったカメラマン」には心当たりがあります。それで彼にマイルスからの伝言を伝えて、理由を聞いてみました。

 実はこんなことがあったのです。前日のことです。マイルスのコンサートで写真を撮るため、このカメラマン氏はオートバイで会場に向かっていました。信号で止まったときにふと隣の車を見ると、それにはマイルスが乗っていたのです。そこでカメラマン氏は、マイルスに向かって手を振ってみました。すると、驚くことにマイルスが窓を開けたそうです。それでこれは握手でもと、慌てて手を出したところ、マイルスが握り返してくれたというのです。もちろん、手袋をはめたまま。

 このカメラマン氏、マイルスについてはほかにもエピソードがあります。舞台のかぶりつきで写真を撮っていたときです。彼は恐れ多くも帝王に向かって、「マイル~~~ス」と叫んで手を振ってみました。するとマイルスは舞台の一番前まで歩み寄って、彼の目の前でトランペットを吹いたのです。
 「呼べば来るんだよね」
 平然とのたまうカメラマン氏。

 彼とニューヨークでマイルスを取材したときにもとんでもない発言がありました。それはあるパーティでマイルスと会ったときです。立ち話でしたが、マイルスに話を聞いていると、最初は遠巻きに写真を撮っていた彼が、つかつかと近づいてきてこう言ったのです。
 「それ本物?」
 「それ」とは、マイルスが闘病中にサンタナから贈られた金の彫像がついたペンダントのことです。一瞬マイルスは怪訝な顔をしましたが、すぐに気を取り直して、例のだみ声で「イエース」と言いました。まったく動じないこともカメラマンには必要ですが、このひとの場合はそれを軽く超越しています。

e0021965_3504962.jpg しかし、マイルスはそんなカメラマン氏のことを、実は内心気に入っていたようです。憎めない性格なんですね。だから冒頭の言葉も、怒っていたわけではなくて、愉快なやつがいるもんだと、楽しそうに話していたのです。
 考えてみれば、マイルスは「帝王」と呼ばれるようになってから、ずっと孤独だったようです。このカメラマン氏のように、物怖じせずに接してくるひとは少なかったと思います。だから心憎からずと思っていたのでしょう。
 このカメラマン氏、仕事もしっかりしています。何しろ、マイルスのアルバムのジャケットに写真が使われているのですから。それがこれです。

 彼にはエピソードが事欠きません。そのうちまた、面白い話をご紹介しましょう。
 
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# by jazz_ogawa | 2005-09-08 23:35 | 愛しのJazz Man | Trackback | Comments(9)
 その昔、米軍ハウスに本気で住みたいと思っていた時期があります。もう米軍ハウスなんて知らないひとのほうが多いと思いますが、狭山や福生などの米軍基地に勤務する士官クラスのひとたちが住んでいた家のことです。
 それがあるとき、日本人に売り出されたり、貸し出されたりするようになりました。そこは、中学生のころに『サンセット77』だとか『カレン』なんかで観て憧れたアメリカの家そのものでした。本気で大学の友人4人と借りようと思い、福生まで観に行ったほどです。しかし修理が必要だったり、予算が合わなかったり、そして一番のネックが大学に遠かったりで、諦めざるを得なかったのです。

 なぜそこに住みたかったのかと言えば、それはアメリカへの憧れと共に、多くのミュージシャンが住んでいたからです。細野晴臣、大瀧詠一、麻田浩、南正人といったひとたちが、そこから新しい音楽を発信していました。いっぱしのミュージシャン気取りだったぼくもそこに住んでみたい──根が単純なもので、そう思っていた次第です。
 でも、憧れから何かが始まることだってあります。もしあのとき米軍ハウスに住んでいたら、いまごろ何をしていたかなぁ、なんて思っています。

 そして近くに狭山の米軍ハウスがあった稲荷山公園で、昨日(9月3日)と今日、「Hyde Park Music Festival 2005」が開催されました。狭山にはジョンソン基地があり、そこの米軍ハウスには細野晴臣をはじめいろいろなひとが住んでいました。そのひとたちが中心になって、とても懐かしい、そして当時非常に刺激を受けたミュージシャンたちによるフェスティヴァルが行なわれました。
 ロック・フェスティヴァルなんて、どれくらい久しぶりなんでしょう。覚えていないくらいだから、相当に久しぶりだったことは確かです。40分ずつのステージで、フェスティヴァルは1時から9時まで、ぼくは初日の2時過ぎごろから8時近くまで会場にいました。
 西武池袋線の稲荷山公園駅から徒歩1分というのがいいです。駅前の公園が会場です。そんなに広くない場所に、どのくらいのひとが集まっていたでしょうか? 1000人はいなかったかもしれません。でもこのくらいがほどよくて、会場には和やかな空気が流れていました。

 ぼくが着いたときはテキーラ・サーキットという3人組が出演中で、カントリーにソウルっぽい味わいが加わったいい感じのコーラスを聴かせていました。彼らもそうですが、フェスティヴァルに出演しているアーティストの大半はぼくと同世代かほんの少し年上のひとたちです。
e0021965_3354061.jpg いまだにかっこのよさを失っていない鈴木茂や、声だけを聴いていれば永遠の少年を思わせる(みかけはふつうのおっさんになっています、ごめんなさい)を保っているブレッド&バター、高校の先輩でもある森山良子、小気味のいいカントリー・ロックを聴かせてくれたセンチメンタル・シティ・ロマンス、そして去年は下北e0021965_337116.jpg沢のライヴ・ハウスまで聴きにいったラリーパパ&カーネギーママ(このグループは若いです)がバックを務めたマーク・ベノ(これまた普通のおっさんになっていたところが寂しくも嬉しい)。                  
 目当てはこのマーク・ベノです。その昔、散々聴いたのがレオン・ラッセルと組んで吹き込んだ『アサイラム・コワイアII』というアルバム。ジャケットの右側がマークですが、何と普通のひとになってしまったことか。e0021965_3411835.jpg

 でも、それでいいではありませんか。ローリング・ストーンズのようにいまだにロック・スターのオーラを発しているひとも凄いですが、年齢を重ねるにつれて若いときのとんがりがなくなって、いい雰囲気で好きな音楽をマイ・ペースでやっているアーティストっていうのも大好きです。そんなひとたちのオンパレードになっていたのがこのフェスティヴァルでした。

 小坂忠のステージを観ないで帰ってきたのが心残りでしたが、その思いは来年のフェスティヴァルまで稲荷山公園に置いておきます。年を取るのっていやだなぁと思うことが多い昨今ですが、昨日は久しぶりに年を取るのっていいなぁと思えた1日でした。
e0021965_3435873.jpg      














           マーク・ベノと
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# by jazz_ogawa | 2005-09-04 23:44 | ライヴは天国 | Trackback(2) | Comments(5)
 今日は珍しくクラシックのコンサートに行ってきました。と言っても、以前このブログで紹介したクリヤ・マコトさんが絡んでいたからなんですが。コンサートは『山田耕筰・新たな展開 第5回~ニュー・コラボレーション・タイムII」(紀尾井ホール)というもの。山田耕筰が書いた曲の数々を、ジャズとクラシックのひとたちがそれぞれのスタイルで演奏しようという企画です。
 出演したのは、クラシック畑から平野公崇(サックス)、和谷泰扶(ハーモニカ)、小森邦彦(マリンバ)、宣谷亮一(パーカッション)、ジャズ畑からクリヤ・マコト(ピアノ)、早川哲也(ベース)の面々。彼らがさまざまな組み合わせで、「箱根八里は」、「この道」、「待ちぼうけ」、「あわて床屋」、「赤とんぼ」、「鐘が鳴ります」といった懐かしい曲を、個性的なアレンジやアプローチで聴かせてくれました。
 子供のころに散々歌ったうたが、メロディもわからないほどデフォルメされていたり、かと言えばメロディに忠実だったりと、山田耕筰の書いた曲からいろいろな可能性を引き出してみせたことに、感心しきりの2時間でした。印象に残ったのは、ハーモニカの音色が郷愁を誘う「赤とんぼ」、フリー・ジャズもびっくりの平野さんフィーチャー(アレンジも)の「曼珠沙華(ひがんばな)」、全員で演奏した「ペチカ」です。

 ぼくは何年か前に平野さんのアルバムをプロデュースしたことがあって、そのときに共演をお願いしたのがクリヤさんでした。平野さんにとっては2枚目のアルバムで、ジャズのミュージシャンと共演したいという希望から、ぼくのところに話が回ってきたのです。
 平野さんの演奏を聴いて、まっさきに思い浮かんだのがクリヤさんでした。ありきたりのリズム・セクションを平野さんにぶつけても面白くありません。平野さんはまともな(?)ジャズ・アルバムを作るつもりでいたのかもしれませんが、ぼくに頼んだのが運の尽きでした。
 そもそも平野さんはパリの音楽院で即興演奏を学んできたひとです。それなら即興演奏で勝負してもらおう、と思った次第です。ですから、当然ありきたりのリズム・セクションを集めても意味がありません。クリヤさんの幅広い音楽性なら、平野さんからさまざまな持ち味を引き出してもらえるのでは? と考えたのです。

 何度もクリヤさんのお宅で打ち合わせをしたことも懐かしいですね。平野さんは、ジャズのひとたちと本当に一緒に演奏できるのか、随分不安だったようです。でも、最初は打ち合わせだけ。クリヤさんもピアノなど弾きません。徹底的にふたりが考えていることをぶつけ合うことでイメージを膨らませていきました。その間に、平野さんは不安もあったのでしょうが、段々と覚悟ができてきたようです。
 そう、ぼくが平野さんに持ってほしかったのが覚悟でした。それも、「自分のスタイルでいくぞ」という覚悟です。ジャズを演奏したって面白くないことは最初からわかっていました。まったくバックグラウンドが違う音楽家の出会いに妥協はいけません。それを言葉で納得するのではなく、覚悟として心に刻み込んでほしかったのです。
 そして初めてのリハーサルで、それまでの思いを平野さんはいっきに爆発させてくれました。これを聴いて、レコーディングは絶対に上手くいくと思ったのはクリヤさんとぼくです。平野さんはまだ不安な様子でしたが、手ごたえは強く感じたみたいでした。
 平野さんもクリヤさんも創造的な音楽家ですから、レコーディングは納得が行くまで徹底的にやりました。そして完成したのが『ジュラシック』と題されたアルバムでした。

e0021965_1102381.jpg 『ジュラシック』とはジャズとクラシックを掛け合わせた平野さんの造語です。そして、これを機に、平野さんはジャズのフィールドにも進出するようになり、クリヤさんともたびたび共演してきました。

 ぼくは不義理をして、平野さんの演奏は今日が久しぶりでした。以前に比べると、音色に艶がでてきたようです。フレーズもゆったりとして余裕が感じられました。数年の間に一段と素晴らしいサックス奏者になったようです。よかった、よかった。
 ぼくはふたりの出会いをセッティングしただけですが、いい形で共演を育んできた姿を見るのは何とも嬉しいことです。ステージ上のふたりも楽しんでいる様子で、観ているこちらも嬉しくなってきました。

 その余韻に浸りながらこの文章を書いていますが、明日は埼玉県の狭山だったかな? で開催されるロック・フェスティヴァル「Hyde Park Festival」に行ってきます。こちらには懐かしの面々も沢山でるので、しばらく前から楽しみにしていたものです。このフェスティヴァルの様子も次に報告しますね。
 
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# by jazz_ogawa | 2005-09-03 01:14 | ライヴは天国 | Trackback | Comments(5)
 今月はこんなことになっています。

  『月刊プレイボーイ』の「ソニー・ロリンズ・インタビュー」は、先月ニューヨーク郊外にある彼の自宅まで行ってやってきたものです。
 『ぴあジャズ・ワンダーランド』は初心者向けのムックです。その中で、いくつかの原稿を担当させてもらいました。
 チャンスがあればちょっと見て下さい。どうぞよろしく。


【Broadcast】
毎週水曜日 『赤坂泰彦One On One』(Inter FM 76.1 7:20頃、出演)


【Activities】
09.09. 新宿・朝日カルチャー・センターで『小川隆夫のブルーノート・コレクシ                             ョン』(3回目) 19:00~20:30 問い合わせ:℡03-3344-1945


【Articles】
09.15. ユニバーサルミュージック・エンタテインメントより発売の『JAZZ THE BEST 1500~世界最強の名盤30選~』用宣材に「推薦文」

09.18. 『テレビで留学』(10月号) 
    「エッセイ:Reading JAZZ Bar #19」

09.20. 『スイングジャーナル』(10月号) 
    「ディスク・レビュー」
    「名盤研究『アート・ペッパー/サーフ・ライド』」
    「マイルス,コルトレーンの未発表音源の全貌」           
「パット・メセニーのGeffen時代の音源復刻」

09.20. 『CDジャーナル』(10月号)
    「カラー・レビュー」
    「試聴記」
    「輸入盤紹介」

09.25. 『月刊プレイボーイ』(11月号)
    「ソニー・ロリンズ・インタビュー」

09.28. 『ぴあジャズ・ワンダーランド』(ぴあ MOOK)
    「21世紀ジャズの旗手!」
    「どこから聴いても名盤ぞろい」
    「クラブ・シーンとジャズの深い関係」
    「ニューヨーク3大レーベルの興隆」


【Linernotes】
09.15. 『ビル・エヴァンス/25エヴァンス』(ビクター)
09.28. 『ジョン・コルトレーン/ライヴ・アット・ハーフ・ノート』(ユニバーサル)
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# by jazz_ogawa | 2005-09-01 00:11 | Works & Information | Trackback(1) | Comments(4)
 今回は、このブログにときどきコメントをしてくれる友人のともりんさんから頼まれたトラベル・バトンです。ぼくは東京が大好きで、あんまり旅行はしていません。大人になってからは大抵が仕事がらみで、ゆっくり旅をしたことが滅多にないんです。だからこのトラベル・バトン、ぼくにはちょっと不向きなんですけど、思うままに書いてみました。
 なおトラベル・バトンについて興味がある方は、ともりんさんのブログを見てください。

ともりんさんのブログはこちら

■今までで一番良かった国内旅行先
 旅行とは言えないんですが、後輩の代役で1週間滞在した根室でしょうか。当時はジョージ・ウインストンのピアノが流行っていて、ぼくはあまり好きじゃなかったんですが、同じ病院に赴任していた麻酔科の同級生が運転してくれた車の中で聴いた彼のピアノはとてもよかった。どこまでも続く長い1本道。両脇は大草原という感じで、その風景にジョージ・ウインストンのピアノがぴたりとはまり込んだんですね。このときほど音楽と環境や状況が切っても切り離せないと感じたことはありません。

■今までで一番良かった海外旅行先
 ニューヨークは住んでいたこともあったのでここを外すとすれば、ほかにはあんまり行ったことがないんですが、好きなのは香港ですね。東京で育ったせいか、静かなところはどうも苦手。月並みですが、香港は雑多なところにヴァイタリティを感じて、街を歩いているとわくわくしてきます。と言っても、ここ何年も行っていません。だからこのイメージは変わっているかもしれませんね。
 チャイニーズ好きのぼくとしては、安い粥麺店もいいし、高級なレストランに行くのも楽しみです。あとは、小さなCD屋があちこちにあって、そんなところで珍しいCDもいろいろと手に入れました。
 15年くらい前でしょうか、「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」というジャズ・フェスティヴァルがあって、日本国内を何ヵ所か回ったあとに香港で終わるという時期がありました。そのころは毎年行っていました。香港のホテルでマイルス・デイヴィスやハービー・ハンコックにインタビューしたのもいい思い出です。

■これから行きたい国内旅行先
 特定の場所はありませんね。ぼくの場合、計画を立てて旅行をすることが滅多にないので、何となく思いつきでどこかに行くことになりそうです。時間があるとニューヨークに行ってしまうので、それをやめれば国内旅行をする余裕も出てくるとは思うんですが。そう言っても、根が貧乏性なもので、どこかの温泉でゆっくり、なんていう姿はあんまり想像できません。多分、箱根あたりでウォーキングをしたり原稿を書いたりと、東京にいるときと同じことをやっているんじゃないでしょうか。

■これから行きたい海外旅行先
 これは、随分前から考えているんですが、ニューオリンズから始まるジャズの旅ですね。ジャズはミッシッピ川をのぼってカンザス・シティやシカゴに伝わり、その後ニューヨークに広まりました。もうそんな痕跡も残っていないでしょうし、当時のひともいないと思いますが、そういう街を訪ねながら、昔からあるバーなんかに寄って、当時を忍んでみたいと思っています。あんまり年を取ってからだとこんな旅はできなくなるでしょうから、そろそろ本腰を入れないといけませんね。実際に旅行をするとなれば、何度かにわけてやることになると思うので、年に一度で5年計画くらいになるんじゃないでしょうか。それができたら、ぼくの人生もひと区切りです。

■最後にこのバトンを渡す方
 このバトンは、最近ラテン系のDJとしても活躍しているt_gomezさんに渡したいと思います。どうぞよろしく。 
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# by jazz_ogawa | 2005-08-30 00:18 | 平凡な日々 | Trackback(3) | Comments(2)
 2日目は8時半にホテルを出発して、カメラマンが運転する車で北上。ハドソン川に沿ってどんどん上がっていくと、やがてキャッツキルになって、その先がウッドストック。ぼくの世代がロック少年だったころに、ここは聖地だったところ。実際にあのフェスティヴァルが行なわれた場所は、ウッドストックでなくてその近くだったんですが。
 そうかこの辺だったのか、としばし追憶に浸っていたところで車はキングストンというインターチェンジで一般道へ。このあたりはハドソン川の源流ということで、田舎ののんびりとした街並みが続きます。やがてソニー・ロリンズが住んでいるジャーマンタウンに。
 ところが問題がひとつ。どういうわけか、完璧な住所をぼくたちは持っていなかったんですね。通りの名前はわかっていたんですが、ハウス・ナンバーが書かれていない。アメリカのエージェントから届いたe-mailには、コンビニの角を左に曲がり、そこからしばらく行くと信号があるとか、黄色い家のすぐそばに青い納屋のある家があって、それがロリンズ邸だとか、まるでオリエンテーリングをしている感じ。
 道がわからず約束の時間(12時)に遅れたなんてことになったら一大事と、とにかくそのあたりを行ったり来たりしながら探しました。まあ、電話番号は貰っていたんで最後は電話をすればいい話なんですが。
 それで、20分くらいうろうろして、ようやく目的の家を見つけました。そこで、一服入れようと、迷っている途中で唯一見つけたデリみたいなところで早めの昼食。こんな田舎に日本人が4人も来るなんてことはまずないでしょうから、店のひとも驚いたみたい。
 でもマンハッタンとは違うホスピタリティで、こっちが本当のアメリカの姿かな? などと思いつつ、再びロリンズ邸へ。
 12時ぴったりに着いて、車を玄関の前に止めると、ぼくたちの気配を察してロリンズがドアを開けてくれました。これまでに何度かインタビューはしているけれど、もちろん彼の家にまで行ったのは初めてのこと。恐縮して挨拶をすると、「ああ、君とは何度もインタビューしているね、ニューヨークでも東京でもやったよね、マイ・オールド・フレンド」と、天にも昇るような言葉で、挨拶を返してくれました。

 ロリンズとのインタビューは、いつもそうなんですが、とても気持ちよくできます。それは彼が誠実で、どんな質問にも一生懸命に考えてくれるから。ジャズの世界ではとっくの昔に大巨人になっているのに、驕りや高ぶりが一切ないひとなんですね。
 インタビューの内容に興味があるかたは、9月25日発売の「月刊プレイボーイ」をお読みいただくとして、もう少しロリンズのことを。

e0021965_221154.jpg 昨年ですが、彼は長年連れ添った最愛の夫人を亡くしました。現在はこの家にひとりで住んでいます。週に何回かはお手伝いさんが通ってきて、身の回りの世話をしてくれるとのことでしたが、料理は自分でしているとか。
 それですっかり気落ちをして、体力も落ちてきたし(現在75歳)、今後は活動も縮小しようかと、ちょっとファンにとっては寂しい話も出てきました。9.11のこともショックだったようですし、いろいろと考えることが多く、インタビューが終わってからも、生まれ変わるなら何になりたい? と質問されたりしました。しかし、最後と言われている10月末の日本ツアーは楽しみにしている様子で、最高の演奏をするからね、と言ってくれたのでひと安心。

 ジャーマンタウンでのロリンズは、ひっそりと暮らしている様子でした。奥さんが元気だったころも、あまり外には出かけず(と言っても出かける場所もあのあたりにはなさそうですが)、ツアー以外のときは家で悠々自適な暮らしをしているようです。
 青い納屋に見えた建物は、スタジオに改装されて、そこで曲を書いたり練習をしたりする場所になっていました。広い庭は手入れが行き届いていて、そこで天に向かってテナー・サックスを吹く写真も撮らせてもらいました。小さなプールもありましたが、今年は使っていないとのこと。
 そんなこんなで予定の2時間を30分ほどオーヴァーして、ぼくたちは10月に東京でまた会いましょうと固い握手をしてから、ロリンズ邸を去りました。帰り道は途中から渋滞につかまり、ホテルに戻ったのが7時半。
 心地よい疲労と共に、いいインタビューができてよかったという充足感をみんなで味わいながらEl Faroという、これまたよく行くスパニッシュ・レストランで打ち上げです。ここでは、当然パエリアを頼みますが、そのほかにグリーン・ソース(ロブスターとかシュリンプとか海鮮などの種類がある)もオーダーして、これをパエリアにかけながら食べます。あとはチキン・ヴィラロイというクリーム・ソースが入ったチキン・カツも美味しいんですが、これはコレステロールを控えなくてはいけないぼくには毒なので、泣く泣く諦めました。あとはムール貝とかハーモン(生ハムの一種?)とかをおつまみにとって、これで満腹。
 仕事が上手くいったせいか、ついつい長居をして、店のひとが帰るまで居続けてしまいました。明日は帰国なので、今日はジャズ・クラブには行かず、そのままホテルに戻り、これで今回のニューヨーク行きは無事終了と相成った次第です。
 「東京JAZZ」、来年は行きますからね。
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# by jazz_ogawa | 2005-08-26 15:33 | Works | Trackback(1) | Comments(9)
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